映画農家の終わらない夢

ちびまるフォイ

恋愛映画の有効活用方法

「おとうさーーん。今年の恋愛映画はよさそう?」


「ああ、今年は豊作だべよ。

 上京した片思いの幼馴染が戻ってきて

 そこから始まる恋愛映画なんか良さそうだべ」


「今年もたくさん純愛映画が出荷できそうだね」


「んだんだ」


ここは純愛映画畑。

毎年夏から冬にかけて量産される純愛映画の多くはこの畑から出荷されている。


これらの純愛映画を見て

人は恋愛を知り、イケメンに憧れ、ドラマチックな設定に自分を重ねる。


今年もクリスマス向けの純愛映画を出荷するところだった。


恋愛映画市場に出荷した映画をもっていくと、

市場は浮かれるクリスマスムードとは真逆のお通夜ムードだった。


「な、なんだべ。この暗い雰囲気は……」


「ああ、いらっしゃい……」


「今年も良い純愛映画ができたべ。せりにかけたいんだが、もう終わっちまったかい」


「ああ終わっちまったよ……」

「にしては早くないべか」


「いいや、この市場が終わっちまったんだよ」


「ええ!?」


「今年でこの市場はもう終了さ」


「な、なんでだべ! 純愛映画なんてティーンの義務教育だべよ」


「そのティーンが少子化でいないんだよ。

 映画の視聴者の年齢層はぐっと上がっている。

 

 若いイケメンときれいな女優のありきたりな恋愛なんて

 もう映画を見てくれている視聴者層にマッチしないんだよ」


「いやいや! それは困るべ! うちの畑は代々恋愛映画を……」


話している最中にもかかわらず、

尖った靴を響かせながらプロデューサーがやってきた。


「どぅぉーーも。ここでなんのお話を?」


「この市場で恋愛映画を買い取ってくれなくなったんだべ」


「ああ、そりゃそうだよぉ。明日からここはビッグ映画市場になるからね」


「びっぐ……なんだって?」


「ビッグな映画だよ。ありきたりでワンパターンな恋愛映画じゃなく、

 もっと凝った設定、複雑な人間関係、ファンサービスに溢れた

 スタッフロール後のアフターシーン。

 そんな観客が求める濃密な映画だけを出荷する市場に変わったのさ」


「そんな……! それじゃうちの畑はどうなるんだべ!

 いまさら畑の土壌を変えるわけにもいかないんだ!」


「んなこたぁ知らないよ。

 君は雨が降るたびに、遠くの災害に苦しんでいる人のことを考えるのかい?」


「し、しかし……」


「つーーわけだ、タケさん。もうこの市場は終わりだよ。

 これからはビッグ映画市場としてヒーローが大活躍する映画とか、

 シリーズものの映画だけを出荷する市場になるんだ」


「……」


「でもどうしてもというなら雇ってやっても良い」


「本当だべか!! 映画出してくれるんだべか!」


「映画館に併設したレストランでな! あっはっはっは!!」


「ぐぬぬ……」


結局その時はなにも言えずに畑に戻ることになった。


娘にどう話したほうがいいかと悩んでいたが、

自分の顔と出荷したはずの純愛映画を抱えて戻ってきたのを見て

娘はなにかをすぐに察したらしい。


「……お父さん」


「ああ。もう純愛映画は需要がないんだと言われたべ。

 どんなに人気のイケメン俳優やモデルを起用しても。

 どんなに支持されている話題の女優を使っても。

 ペラッペラでありきたりな純愛映画は需要ないと」


「そんなことないもん! 私、お父さんの純愛映画すきだもん!!」


「そうも言ってられないんだべよ……。

 食っていくためには諦めも肝心だべ」


「でもこれからどうするの……?

 この畑は今さら別の映画の土壌にはできないよ?」


「んだべなぁ……」


純愛映画をこれからも出荷していきたい。

その気持ちに変わりがないが、一方で生活も天秤にかかっている。


夢を追って現実を犠牲にするかどうか。

自分ひとりの身であればそれもできたかもしれない。


しかし娘はーー。



「働き口の話ももらったんだべ」


「お父さん……?」


「映画館に併設しているレストランだべ。

 これからはそっちで働けばいいべ」


「純愛映画はどうなるの!?」


「それは……」


諦めよう。


その一言だけは言えなかった。




それから数年のときが流れた。


プロデューサーはネットの記事を見てブチ切れていた。


「ふぁーーっく!!! なんで今回の映画も低評価なんだ!!!」


「プロデューサー。シリーズを重ねるごとに劣化していると

 視聴者からも低評価続いています。これではビッグ映画を出していけませんよ」


「わかってる! あいつらは終わらない映画を見たいだけだろ!

 自分の好きなキャラが銀幕でドンパチやれば満足なんだ!!

 

 なのにストーリーがどうとかケチつけやがって!

 評論家きどりか!! ふぁーーーっく!!」


「落ち着いてください! ズボンを履いて!!」


「しかし……統計を取っているんですが、

 これだけ低評価が乱発しているのに映画人口は減ってないんですよ」


「わっつ? どういうことだ?」


「映画には文句をいうのに、映画は見に来ている。ということです」


「視聴者がマゾなだけでないのか」

「いやそうじゃない人もいるでしょうよ社長」


「こういうときは現地を見に行くに限る。ひあうぃーごー!!」


プロデューサーは自慢の車も借金の方に売っぱらったので、

自動運転ローラー付きシューズで現地の映画館を視察に向かった。


見ると、たしかに映画館に向かう人数は以前と変わっていなかった。


「あれだけ低評価なのにどうして……?」


「ちょっとヒアリングしてみよう。いくすきゅーず、ゆーー!」


引き止められた人はまさに今映画を見てきた人だった。


「映画はどうだった? せい?」


「糞だったね。わかっちゃいたけど見ることを後悔するレベルだよ」


「はは……。そ、そうかい。でもなんで見たんだ?」


「半券がもらえるからね」

「半券?」


「映画の半券があれば、併設のレストランで大幅な割引がされるんだよ。

 映画なんてレストランのおまけさ。あのレストランは最高だよ」


「レストランって……ま、まさか!」


プロデューサーはサングラスをあげて肉眼で確かめた。

映画に併設しているレストランにはさばききれないほどの行列ができていた。


「しゃ、社長……!」


「映画人口が減らなかったのは、このレストランがあったからか……!?」


プロデューサーは行列をかきわけレストランの厨房へと向かった。

そこにはかつて事業を撤退させたはずの田舎臭い親子がいた。


「ユーは前に純愛映画を作っていた……!」


「んだんだ。ようこそプロデューサー。なにか食べていかれますか?」


「どういうトリックをつかった!!

 なんでなんのノウハウもない農家のくせに

 こんな大人気のレストランになれたんだ! おかしいだろ!!」


「いえ、美味しいものをちゃんと調理してお出ししているだけです」


「ふぁーーっく! そんなだったらどの店も大人気なるわ!

 言え! この店の秘密はなんだ!!」


「そうですね……しいていうなら、おろしているお肉はこだわっています」


店長はにこやかに答えた。



「ウシに純愛映画を見せると肉が柔らかくなって

 すごく美味しくなるんですよ。」



その後、動物向けの純愛映画は大きなブームになるのはまた別の話し。

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