第23話 4
「対象年齢15以上の恋愛ゲーか⋯⋯ん?」
パッケージの裏表を確認していると、裏側に赤字で不穏なことが書かれていた。
『あなたの選択次第で最悪の結末に!?』
まるで救いがないホラーゲームの煽り文句だ。
「これギャルゲーだよな? 分岐系のホラゲじゃないよな?」
「当たり前じゃないですか。それはただ最悪死亡エンドもあるってだけです」
「いや死亡エンドって何!? 比喩じゃなくてマジで死亡するの?」
「何騒いでるんですか。
「その、何今更慌ててるんだみたいな雰囲気で言われても俺はこのゲーム初めて知ったからな」
あっ、と口を開きながら瞠目し、明久里はこっくりと頷いた。
「すみません。では⋯⋯恵梨さんも初めてで?」
「えっ!? う、うん、初めて聞いたゲームだよ」
何故か驚いた様子の恵梨。不意だったから吃驚したのだろうか。
「まあしかし、先に昼ごはん食べよう」
このゲーム、がある程度まともなら、きっと手が止められなくなる。
シミュレーションゲームとはそういうものだ。中身はさほど問題では無い。
恵梨が買ってきた豚肉を酒で浸し、すりおろした生姜をざっと揉み込んで数分。これで肉が柔らかくなる⋯⋯らしい。
醤油を肉に触れさせるのは、できる限りあとの方がいいと以前習ったので、醤油は混ぜない。
その間に付け合せのキャベツを切り、水を切る。
その流れで玉ねぎを切り、まな板の上に放置した。
この間、ふたりはリビングでお昼のバラエティを無言で見ていた。
ふたりの周りに流れる空気は、どこか鈍重で暗い雰囲気がある。
まあ、先日顔を合わせただけの間柄なのだから、そこに友情や親近感なんてなくて当然だろう。
きっと今、明久里は何も考えていないだろうが、恵梨は話しかけるかどうか悩んでいるだろう。
フライパンに少量の油をひき、IHコンロを中火に設定したところで、スマホが震えた。
なにかの連絡でも入ったのかと持ち上げると、画面は警告を促していた。
「えっ!?」
慌てて明久里へ首を回すと、どこか様子がおかしい。
俯いた明久里は、萎れた花のように背中を丸め、横目でもわかるほど、眼力だけはしっかりしている。
「あれ? なんか変な音聞こえない?」
まさかと思い、スマホの画面に目を向けると、明久里の心臓は危険水域に達しているのか、激しくハートマークが伸縮し、点滅を繰り返した。
ハートマークの中の数値140を超えている。
俺は慌てて電気を切り、リビングに向かって歩いた。
たしかに、あのタイマーの音が鳴っていた。
「あれ? どうしたのはじめ?」
「忘れてた。明久里、ちょっと来てくれ」
恵梨の呼びかけも無視し、俺は顔が火照った明久里の腕を掴み、強引にリビングから連れ出し、2階への階段を上がった。
階段を上がりきった時には、タイマーの音は止んでいたが、スマホはまだ激しく振動していた。
とりあえず、自室に明久里を連れ込み、ベッドの上に座らせた。
顔は紅潮したままだが、表情の硬さは取れている。
なぜいきなり明久里の心拍が上がったのか、思い当たる節が無い訳では無かった。
「どうした? もしかして恵梨とも友達になりたくて、考えすぎて緊張したか」
そう尋ねると、明久里は無愛想な顔を上げた。
「そうかもしれませんし⋯⋯そうでは無いかもしれません」
「どういうこと?」
目をキョロキョロとあちこちに向けながら、明久里は何度も瞬きを繰り返した。
すると視線は、俺の背後左上に向かって固定された。
明久里の見ている辺りには、特に何も無いはずだ。
「友達になりたいのはその通りです。でも、なんだかそれだけじゃなくて⋯⋯本当に友達になっていいのかと迷ってしまうような⋯⋯」
「紅浦よりは遥かにまともだと思うけどな」
「ですが私としては紅浦さんのほうが取っ付きやすい気がするんです⋯⋯」
──変人は変人と惹かれ合うのか。
まあ確かに、恵梨は最近明久里が関わってきた人の中では、最上位の真人間だろう。
家庭科部部長の黒崎さんのような一縷の狂気性も無く、紅浦のように羞恥心をすてているわけでもななければ、富山君のように邪な気持ちを隠しもしない人間でもない。
最近でいえば、恵梨と文学部の部長が真人間ランキング同率1位だきっと。
もしかすると、明久里は今、自分の棘のある性格を悔いて反省しているのかもしれない。
恵梨と友達になりたい、しかし真人間と自分が本当に友達になっていいのか。
そんな自己嫌悪が、心の中を蝕んでいるのだろう。
「あの、多分今はじめさんが考えていることは間違ってます」
なぜ容易く人の心を読むのか。それともただ当てずっぽうで話しただけなのか。
気づかない間に、アラームも鳴り止んでいる。
「でもついさっきまで平気だっただろ? それがどうして急に」
「先程までは間にはじめさんが居たので⋯⋯ほら、よくあるじゃないですか。一緒に遊ぶ友達があんまり親しくない人を連れてきて、その人とふたりきりになった途端気まずくなって何か話そうと模索するけど緊張で何も言えない現象」
「あぁ⋯⋯そう⋯⋯」
いつもの様子で流暢に話しながらも、どこか恥じらっているのか、太ももの上で両手の指を絡めている。
それにしても緊張の理由が人並みすぎる。
ただ性格が悪いだけで普通の人そのものだ。
「まあとりあえず、落ち着いたなら戻ろう。あいつに怪しまれる」
「あ、では手を引っ張ってもらえませんか」
部屋を出ようとしたところ、そのように呼び止められる。
亜久里は俺に向かって左手を伸ばし、俺の手が差し伸べられるのを待っているようだ。
「なんでわざわざ⋯⋯」
と言いながら手を握る。
「ちょっと⋯⋯下半身に力が入らないので⋯⋯どうしてでしょう。一歩さんの部屋に入ったからでしょうか」
「なにも変なものはないからなっ!」
勢いをつけて亜久里を立ち上がらせ、先に下へ降りた。
リビングのソファの上でスマホを触っている恵梨がこちらに気づいた。
「どうしたの急に、碧山さんは?」
「ちょっと用事を思い出してな。また忘れたら困るから思い出してすぐ済ませたんだ。あいつならすぐに来るよ」
咄嗟に言い訳を考えると、ピカッと頭の中に電球が灯った。
このまま成長すれば、言い訳や誤魔化し功者になれそうだ。果たしてそれでいいのかは分からない。
「そっかぁ。たまにあるよねそういうこと」
完全に俺の言い訳を信じきった恵梨は立ち上がると、腰に手を当てて背中を反らした。
明久里のものと比べると慎ましやかな胸部が、白い布地の下から隆起する。
あまり見ないように目を逸らしていると、恵梨はこちらに向かって歩き出した。
「僕もなにか手伝うよ」
そう言ってキッチンの中に立つ。
「いやいいぞ別に。食材買ってもらってるし」
「ううん。ひとりだと退屈だしね」
「ありがとな⋯⋯まあそんなにやってもらう事ないけど」
コンロのスイッチをつけ、改めて玉ねぎをフライパンに入れる。
キャベツは切ってあるし、玉ねぎの後に肉が焼ければ完成だ。
「ああ⋯⋯そうだはじめ」
声の方向へ振り向くと、後ろ姿の恵梨が佇んでいた。
「どうした?」
若干、肩が小刻みに震えている気がする。
観察していると、勢いよく振り返った。
恵梨の頬は桜色に染まり、険しい目つきで俺を見据えた。
「あんまり女の子の胸ばっかり見たらダメだからね! そういうのすぐ分かるんだから」
「⋯⋯すまん」
言って満足したのか、恵梨の眼光は柔らかくなり、食器棚の場所と配置を覚えていたのか、皿を取りだしてテーブルに並べた。
たしかに、俺は恵梨の胸部が水面に浮かぶ泡のようになるところを見ていたが、邪な気持ちは一切抱いてないと神に誓って言える。
だが、明久里のと比べていたなんてこと、矢の雨が降ろうが、親を人質に取られようが口にすることは出来ない。
肉の焼ける匂いに釣られて戻ってきた明久里と3人でテーブルを囲んだ。
「やっぱり、はじめって料理上手だよね」
向かい側に座った恵梨が、食物を嚥下すると、箸を茶碗の上に置いて言った。
「そうか? ありがとう」
「あとなんか上達してる気がするよ。やっぱり碧山さんのためかな?」
何気ない恵梨の言葉で箸を止めて、斜め前に座る明久里と目を合わせ、お互い顔を恵梨に向けた。
「明久里が来る前も来たあとも何も変わってないと思うがな」
「そう? じゃあ家庭科部のおかげなのかな? そういえば、ご飯はいつもはじめが作るの?」
「まあな⋯⋯料理作るの自体好きだしな」
そう言って肉と玉ねぎを口の中に放り込む。
新鮮な物を使っているせいか、いつもより生姜の風味が強い。だがこれはこれで美味だ。
そんなことより、我ながらなんて素晴らしい気遣いだろう。
恵梨の純粋な質問に対し、これ以上話を広げられないように受け答えした。
こう答えておけば、明久里の料理下手が露見することは無いだろう。
だがしかし、本当にどれほど下手なのか、怖いもの見たさで気になるところではある。
だがもし明久里にその腕を披露してもらうとしても、被害者は俺だけに留めなければならない。
食事を簡単に済ませて食器を食洗機の中に並べ、リビングに戻った。
早速、明久里が持ってきた恋愛ゲームのカセットを本体に入れ、データをダウンロードした。
がしかし、
「えっ!? このゲーム容量40GBもあるの!? 重すぎね?」
「まあエンディングの数が多くて全てにムービー付きですから」
「いや、それにしてもだろ⋯⋯大手ゲーム会社のメインタイトルより重いぞこれ」
予想を遥かに凌駕するゲームのボリュームに驚く。
だかダウンロードはスムーズに進み、それほど時間はかからなさそうだ。
まあしかし、今日遊び終えたら直ぐに削除する必要がある。
「で、誰がプレーするんだ?」
俺はコントローラーを片手に、左右のふたりに確認した。
「僕はとりあえず見てるだけでいいかな。あんまりこういう系やった事ないからねー」
「私は前作までコンプしてるので、たまには人のプレーが見たいのでお任せします」
何となく分かってはいたが、俺がすることになった。
しかし、明久里が乙女ゲー好きとは驚きでならない。
ダウンロードが完了し、ゲームが始まると、早速BGMと共にパッケージに描かれた女の子や他の少女達が現れ、最後にピンク色の背景のタイトル画面が現れた。
『『my sweet reincarnation sister〜私と貴方の恋物語9』
しっかりとヒロイン達によるフルボイスでタイトルが読み上げられる。
パッケージには出演声優の名前は書かれていなかったが、よくテレビで聞く声の気がした。
「なあ、リインカネーション?? てどうゆう意味」
「転生ですよ。このゲームは死んで転生した者と恋愛をするゲームですので。ちなみに毎回1番難易度の高いメインヒロインは主人公のことを前世の兄だと思っている異常者です」
「クソゲーの匂い半端ないな⋯⋯ていうかナチュラルに異常者呼びやめろ」
「異常者は異常者ですので。毎回人気ランキングではメインヒロインは下の方ですし。他のヒロインのほうが人気です」
「⋯⋯それはそれでちょっと気になるな」
もういきなり退屈なのか、恵梨はスマホを弄りだしている。
いや仕方ない。ダウンロードに時間がかかったし、なによりこれは俺の1人プレイなのだから。
スタートボタンを押し、『最初から』の項目も押す。
すると名前を決める画面が開くが、あいうえおの五十音表がやけにメルヘンチックで、濃いビンクや水色の表を見ているだけで胸焼けしそうになる。
そして、五十音表の上には、何故か漢字で『一』『十三』『一郎』という名前が事前に用意されている。
「なあ、この上のはなに?」
「ああ、その3つの中から選ぶと名前もボイス付きになるんですよ」
「それは凄いけど名前のチョイス意味不明だろ。あ、でもこれはじめって読むのか?」
「おそらくは⋯⋯」
「じゃあとりあえずこれにしとくか」
名前を一に設定し、次はステータスの数値を割り振り出来る画面に来たが、よく分からないのでとりあえず全ての能力値を1ずつ上げ、ゲームスタートとなった。
まず最初に、画面に青空が広がり、プロローグが流れるようだ。
『俺は綾小路一、ファラリス学園に通う高校1年だ』
「いや、もういきなり怖いよ。ファラリス学園はダメだろ」
「このシリーズの舞台の名前は物騒なのが多いので。前作の主人公はサラリーマンで、会社名は株式会社石抱でしたし」
「悪趣味すぎるだろ」
気がつけばソファに持たれかかりながら、恵梨もテレビ画面に集中している。
女子ふたりに挟まれて恋愛ゲームをする⋯⋯その構図だけなら、夢のようなひと時だが、肝心のゲーム内容が不安でたまらない。
碧山さんは地雷系?いいえ爆弾系です 姫之尊 @mikoto117117
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