幼馴染の悟くん

 私と悟くんは幼馴染。

 家は隣同士で、小さい頃からいつも一緒だった。

 同じ幼稚園に通って、家族同士も仲が良くって、一緒にお風呂に入ったりもした。

 家でも学校でも、お互いに「優海ゆみちゃん」「さとるくん」って呼び合ってる。


 悟くんは生き物にも、人にも、誰にでも優しい。とても静かな男の子。台風でクラスの花壇がめちゃくちゃになったときは、すっごく悲しそうだった。

 髪はさらさらで、目はちょっと大きい。身長は、――私と同じくらい。


 実は今、私は、気になっている人が居ます。

 クラスの皆は、とっくに気付いてるかも知れない。


 小学校に入ったときはクラスが別々だったけど、三年生になってからは一緒になれた。席も隣同士。

 その頃からだったかな。悟くんと目があうと、胸がチクチクするようになったのは。


 なんでそうなってるのかは、……分かんない。


 今日も、教科書を一冊、持ってこなかった。先生には叱られたけど、そんなのは平気。

 席をくっつけて、一緒にノートをとってる。

 ニオイが近い。肩が触れる。息が聴こえる。そんな私のドキドキも、聴こえてしまわないかな。


 悟くんと目があう。私はちょっぴり恥ずかしくなって目を逸らした。


 ◆


 秋の連休明け。クラスで大事件が起きた。


 クラスメイトで、いきものがかりの朋美ともみちゃんが、自分の席で大泣きしてた。


 いつも一番早く登校する朋美ちゃんは、今日も一番乗りだった。

 でも、教室の中いっぱいになった、ヘンな臭いの正体に気付いて、水槽を見たら、金魚がみんなプカプカ浮いてた……って。


 みんなが登校するころには、もう金魚は片付けられてたけど、臭いだけはまだ残ってた。生臭くて、すごく気持ち悪かった。

 朋美ちゃんはずっと泣いてたし、彼女と同じ、いきものがかりの悟くんも、事件を知ってから、ずっと黙り込んで、その日は私と口もきいてくれなかった。


 二人には悪いけど、ちょっと寂しかった。


 結局、その日は一緒に帰れなかった。先生と、いきものがかりの二人でお話があるからって。「待ってるよ」って言ったんだけど、「先に帰りなさい」って先生にいわれた。


 学校の近くの公園で、暗くなるまで待ってたんだけど、朋美ちゃんと悟くんが一緒に歩いてるところを見て、なんか胸がズキズキって、痛くなった。

 どうしてだろう。この気持ちは何なんだろう。考えるほど、もっと嫌な気持ちになった。

 だから結局、一人で帰った。


 ◆


 あの日から、悟くんと一緒に登下校する日が減った。

 代わりに悟くんは、いっつも朋美ちゃんと一緒にいる。

 私よりも早くに家を出て、放課後はいつの間にか居ない。どこに居るのか、探す気にもなれなかった。


 かかりが一緒だからって、ずっと一緒じゃなくてもいいじゃん。私のほうがもっと、ずっと一緒に居たいのに。

 ……こんなことになるなら、私が立候補すれば良かった。


 もう、今どこに居るかなんて考えたくない。胸が、痛いよ。

 だって、どうせあいつと一緒なんだもん。


 放課後になった。またあの二人は居ない。

 私はいつもの、学校近くの公園から、校門を出る人たちをぼーっと眺めてた。二人が一緒に出てくるところなんて、絶対に見たくないはずなのに。


 風が冷たい。もう帰ろっかな。カラスもないてるし。


「優海ちゃん?」

 悟くんの声だった。隣には――誰も居ない。


「朋美ちゃんは? もう帰ったんだ」

 って私が訊くと、悟くんは両腕を曲げ、首をかしげた。


「うーん、分かんない」


 二人きりになったけど、これ以上、とくに話す内容が見つからない。色々と、聞きたいことはあったはずなのに。

 歩きなれた帰り道を、ゆっくりと進む。風が、葉っぱの落ちた樹を、さわさわと揺らしてる。


 ふと、悟くんの顔をちらりと覗き込んだ。なんだか、いつもより機嫌が良さそう。ちょっと笑ってる。私となんにも喋ってないのに。


「機嫌、いいね。何かあったの?」

「ちょっとね」


 日が沈み始めた。空が真っ赤になる。

 悟くんのほっぺたも、真っ赤。

 なにがあったんだろう。……イヤな予感がする。


 道路に描かれた二つの影は長く、長く、まっすぐに伸びてた。


 踏切が近付いてくると、その影に割り込むように、一つの影が縦に大きく揺れて近付いてくるのが分かった。


「悟くーん! 優海ちゃーん!」


 聞き覚えのある声。いつも悟くんと一緒にある声。

 今、来ないでよ……。


「さっきまで、先生に呼ばれてたの! ……よかった、まだ帰ってなくって」


 私達を見つけてから、頑張って走ってきたんだと思う。朋美ちゃんはハアハアと息を切らせていた。

 金魚事件の時は、こんなに明るくなかったのに、今の彼女はとっても嬉しそう。どうして? 悟くんが居るから?


 悟くんの方を見てみると、彼も嬉しそうに朋美ちゃんに向けて、手を振ってた。

 私のことなんて、まるで、目に入ってないかのように。


「じゃあ、私、先に帰ってるね」


 この場所から、少しでも早く逃げ出したかった。二人きりにさせるのもイヤだったけど、二人が仲良さそうにしているのを見るのは、もっとイヤだった。


 イヤだ、イヤだ、イヤだ。


 心臓に、へんな虫が住んでいるみたいに、気持ちが悪い。


「待って、優海ちゃん」


 私を引き止めたのは、朋美ちゃんだった。

 一刻も早く、駆け足で逃げ出したかったけど、タイミングが良くなかった。

 踏切の警報が鳴り響いて、遮断器が降りる。私の逃げ場を奪うように。


「……どうして?」


 振り返ると、二人はもう、手をつなぎ合っていた。

 声がうわずりそうになるのを、必死に抑える。


「あのね、優海ちゃん。実はね、今日からね……私たち、付き合うことになったの」


 やっぱり。

 ききたくなかった。

 そんなこと。


「三年になって、一緒のクラスになってから、気になってたんだ。でも優海ちゃんには恥ずかしくて、相談できなかったよ」


 悟くんが照れくさそうに言う。

 なんでそんなに嬉しそうに言えるの?

 私が今、どんな気持ちか、分かんないの?

 ずっと、一緒だったのに。


「悟くんと優海ちゃんって小さい頃からずっと一緒だったから、優海ちゃんだけには、キチンと伝えておきたかったから。今日、一緒に帰れてラッキーだったね」


 全然、ラッキーじゃない。

 こいつらの声も、警報がかき消してくれたら良かったのに。


 ――カンカンカンカン。


 私はそっと、二人を残して後ろに下がる。

 自分が何をしようとしているのか、もう分からない。

 気付いたら、そっとあいつの背中を押してた。


 さっきまで、人の形をしていたものが、あっちやこっちに飛び散って、ランドセルは空高く舞い上がる。水気ひとつなかった道路には、バケツの水をこぼしたように、

真っ赤な絵の具が広がっていった。


 顔に掛かった生温かい液体をペロッと舐めた。

 ちょっと、鉄みたいな味がした。あんまり美味しくない。


 踏切の音が鳴り止んだ。私の好きな人は、隣で子猫のように震えてる。


 可愛い。








「それじゃ、一緒に帰ろう。朋美ちゃん」







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【くすんだマネキンの腕だった。】

(全一話・約九六〇〇文字)

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