無言の抗議

 学級崩壊。

 一九九九年ごろからマスコミによって使われるようになり、全国に広まった言葉。

 授業を聞かない、騒ぎ出す、途中退室する――。生徒たちの暴走によって教室が崩れ、学級の機能が失われる現象を指す。


 ここ角川市立 角川中学校、二年C組もそういった学級の一つだ。

 この教室にいる者は、誰一人、私の言葉に耳を傾けようともしない。


「佐藤! 授業中にスマホを触らない」

「田中! 塾の課題を授業中に進めるな!」

「西村! 宮本! 椅子に座りなさい!」


 何を言った所で、ただ注意をしたという事実が残るだけだった。

 教師が舐められていては意味がない。


 一昔前ならば生徒を畏怖いふさせてコントロールすることも出来たが、今はそんなことをすれば直ぐに教師による暴力だの、パワハラだのと言われてしまう。


 もちろん、やりすぎは良くない。しかし、教室内の平和を、まだ精神が成熟していない年齢の子たちの自主性に任せておくのは無理がある。

 結局、何もできずにいた結果がこれなのだ。


 教室の窓際。一番奥にある席には花瓶が置かれている。いじめによって自ら命を絶った、幸本という生徒の席だ。


 飾ってあった花はもぎ取られ、茎だけが花瓶に活けてある。

 まさに学級崩壊の象徴であり、生徒たちの心の無さ、子どもの無自覚な残酷さが表れていた。


 彼女の命をかけた抗議は、だれの胸にも届いていない。


 数学の授業が始まって二〇分ほど経った。スマートフォンをいじっていた佐藤も、席を立ってはしゃいでいた西村も宮本も、とうとう飽きたのか教室から出ようとしていた。


「おい、お前ら何処に行くんだ」


「っせーな。トイレだよトイレ」佐藤が返す。

「この学校は、トイレ禁止なんですかー?」

「授業中、うんこ漏らしてもいいんっすかあ?」


 西村と宮本は下品に笑いながら煽っている。それにつられて教室中の生徒もくすくすと笑う。


 この学級では、『反抗することがおもしろい、かっこいい』という〝空気〟が出来上がっているのだ。逆らおうものなら『つまらない奴』というレッテルが貼られる。

 幸本を殺したのも、そういった〝空気〟だったのかもしれない。


「……わかった。すぐに戻ってこい」


 教室の戸を開けっ放しにしたまま三人は廊下へ出ていった。

 行き先はだいたい見当がついている。トイレなどではない。


 ため息をく。


 このまま、放って置いていいものなのだろうか。あんな〝空気〟に教室を支配させたままで本当に良いのだろうか。

 この崩壊しきった学級をなんとかしなければ。幸本の死は無駄になる。それだけは嫌だった。――私は、彼女のことを愛していたのだ。


「今日の授業はここまでだ。――あとは自習にする」


 開けっ放しだった戸を力任せに腕を振って閉める。勢いよくサッシにぶつかる音が廊下に響き渡った。私はその足で屋上へ向かう。

 奴らはそこで煙草を吸っているのだろう。〝彼女〟に対するいじめが始まったのも、そんな彼らに注意をしたことがきっかけだった。


 ◆


 屋上では私の予想通り、佐藤と宮本、西村の三人が下品な談笑をしながら煙草をふかしていた。誰一人として私の存在に気が付いていない。


 無気力系の佐藤、乱暴者の宮本、お調子者の西村。この三人組は同じ小学校から進学してきた生徒で、家も近く幼馴染だ。三十人しか居ないクラスで、授業を堂々とさぼる生徒が三人もいれば、他の生徒に影響が出るのも当たり前だ。


 間違いなく〝空気〟を作っている側の人間。――クラスの癌。


「俺、先に戻るわ」佐藤が立ち上がる。

「まじかよ、優等生じゃん」


 宮本と西村の笑い声が秋の乾いた風に乗る。


 佐藤は尻についた埃をパンパンと払うと、私の方に歩いてきた。物陰に居る私に気付く気配はない。

 校舎内に戻った彼が階段を降りる。ペチペチとスリッパが床を叩く音が遠くで聞こえていた。


 残ったのは二人だけだった。まあ、それでも構わない。私がゆっくりと西村の背後に近寄ると、西村はピタリと動きをとめた。宮本がふいに横を向く。


「何? パントマイム?」


 宮本はケラケラと笑いながら、新しい煙草に火をつけようとしていた。私はすっと立ち上がり、そんな宮本の眼の前に立ちはだかるように、ぐいっと近付いた。


「おい、なんだよ急に」


 先に声をあげたのは宮本だった。煙草に対する注意を受けた腹いせに、幸本をクラス全員でいじめようと発破をかけていたのも、この宮本だ。彼の胸ぐらを掴む。


「は? いきなり何だよ! 意味がわかんねえよ」


 私は何も言わず、宮本の服を掴み上げたまま前に進んだ。後退あとずさりをする宮本。しかし彼の背中にはもう屋上の手すりしかない。逃げ場がなくなる。


 そのまま両腕に力を込めて宮本の体を持ち上げた。男子とはいえ、所詮は中学生。たいした重さではない。


「お、おい! お前! これ、洒落シャレになんねえって! おい!」


 浮き上がった宮本の体は手すりの高さを越え、彼は頭から真っ逆さまに四階下の地面へと向かっていった。残るは西村。動けないでいる彼の体は私と共に屋上から飛び降りる。


 ぐしゃり。


 西村と宮本の頭はトマトのように飛沫しぶきを上げて弾け、アスファルトには血溜まりが出来ていた。


 無言の抗議は、まだ終わらない。

 幸本が訴えたかったことが、誰かの胸に届くその日まで――。


 私はむくりと起き上がり、校舎を見上げて嗤った。





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【くすんだマネキンの腕だった。】

(全一話・約九六〇〇文字)

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