5ー⑥ 処刑の阻止〜前編〜

 太陽広場は人でごった返している。いつもなら噴水近くで遊んでいる子供はおらず、大人ばかりが集まる異様な雰囲気だ。好んで処刑を観に来るなんて、どんな趣味の持ち主なのか正直理解し難い。


 城門上には皇帝が座るのだろう、赤い布張りの椅子が置かれている。その椅子の真正面、広場中央に処刑台であろう木製のステージが組み立てられている。


 作戦のためには処刑台に極力近い場所、そこに陣取るのが良いだろう。


 フリージアはカーキのローブを深くかぶり、黒色に変えた長い髪で顔を隠し、人をかき分けて広場中央へと進む。途中体がいろいろな人に当たり、舌打ちや怒鳴る声も聞こえたが、そんな事を気にしている場合ではない。


 やっとのことで、処刑台近く、数メートルのところに陣取ると、魔力を感知し、数メートル向こうの黒色のローブに身を包んだルーカスにアイコンタクトを取った。


『いったい、バーデン伯爵は何をしでかしたんだ?』

『それも皇帝は説明なさるだろ』

『もともとバーデン家は皇族を恨んでいたんじゃないか? なんせ妹が――』


 様々な人の声が飛び込んでくるが、どんな言葉にも動じることはない。


 フリージアは目を閉じると、祈るように手を顔の前で合わせた。


 鐘の音と驚いた鳩が空へと飛び立つ羽音が聞こえる。時刻は十三時ちょうど。歩いてくる騎士の足音に、よろいれる金属音、聴衆のざわめきに鳥の鳴き声、目を閉じているから、音が一つ一つ鮮明に耳に届く。


 周囲の音がしんとなくなった時、フリージアは目を開いた。


 木製のステージには処刑執行人が二人。その間には鎖で繋がれてひざまずくバーデン伯爵、そのかたわらには伯爵夫人と幼い少女。夫人は少女に何も見せないよう頭を胸にくっつけて抱き抱えている。


 バーデン伯爵は庭園ティーパーティの時とは異なり、その表情はやつれている。

 処刑台に上がるとはどれほどの恐怖だろうか。未知の死への恐怖、痛みへの恐怖、聴衆から受ける眼差しに対する恐怖。しかし、処刑台にあげられた今でさえ、バーデン伯爵の瞳には信念のようなものが見える気がする。


 そして夫人に抱えられたルーカスの妹。妖精の恋人の絵本に喜んだ少女。


 絶対に助けなければならない。それだけではなく、この後封印までの全てを成功させて、今日この日までに命を亡くした月の国の民、理不尽ににえにされたであろう太陽帝国の民にむくいたい。それ以外の感情はもはやフリージアの思考にはなかった。


 城門の上に羽のついた黒い帽子を被った騎士が現れ、手にしたトランペットでファンファーレを奏でる。皇帝陛下のお出ましだ。

 真紅の衣に身を包み、不敵な笑みを浮かべる皇帝。


「ここに集まった者たちは、よほどの好奇心に飢えた輩と推察する」


 皇帝が拡声器を使い演説を始めた。


「本日、伯爵バーデン卿を処刑する。卿は余に忠誠を誓っているとばかり思っていた。しかし、卿は余をあやめ皇位を意のままにすることを画策していたのだ」


 『まさかあの伯爵が』『なぜ』そんな民衆のざわめきが広がる。


「まだ皆は疑問を抱いていることであろう。より具体で語った方が良いだろうか。卿は我が兄の忘れ形見を我が子として十九年もの間隠し育てていた。そしてその息子を使い、謀反むほんを企てた」


 民衆からは更なるざわめきが起こる。

『忘れ形見って……伯爵家の長男は先帝の息子だったのか?』

『まさか息子として育てて皇帝を倒し、皇族に入り込むという計画か?』

『あの人格者と誉れ高いバーデン伯爵が、か?』

『すぐに先帝の息子が生きていると言わなかったんだからそれはつまり黒だろ?』


 民衆はこの処刑をエンターテイメントとでも思っているようだ。もとい自分たちの暮らしに害をなさないのであれば、貴族社会に起こる事すべては彼らにとってエンターテイメントの一種で楽しむものなのかもしれない。


 魔法の気配を感じたのでルーカスの方を向くと、目が合った。作戦の開始の合図だ。


 直後ルーカスは土魔法で土柱を作ってその上に立ち、皇帝の目線と同じ高さに上がった。聴衆がルーカスに注目したところで、隠し持っていた拡声器を使う。


 皇帝は黒魔法の黒炎をルーカスをめがけて飛ばした。フリージアはすかさず光魔法を黒炎に向かって飛ばし、黒炎を消す。やはり黒魔法に対抗する手段として光魔法は有効なようだ。


「陛下、我らが民は愚民ぐみんではありません。嘘を重ねればいつか見破る事でしょう」


 皇帝は顔を歪め、手には黒炎が灯る。


「その力は黒魔法。あなたは皇族でありながら魔力を持たない、だからこそその禁忌きんきの力に手を出した。そうですね」


 ルーカスは拡声器を使った声は広場中に響く。民衆はいよいよざわついている。


『黒魔法……?』

『魔力を持た……ない?』

『あれはバーデン家の……』


「黒魔法には代償として人の命を必要とする。あなたは何人の国民を殺めたのですか? 皇族一家の惨殺事件。それは月の国の刺客によるものではないですよね。そしてこの国では失踪事件が頻発している。女中の失踪事件もあなたの仕業ですね。黒魔法を使うために、それらの人を犠牲にした。違いますか?」


 皇帝は勝ち誇ったような笑い声が拡声器を通して広場に響き渡る。真実を国民に暴露されてもなお余裕の高笑いをしていられるのか。


『皇帝は無実の人を殺めていたっていうの?』

『さすがにそれはまずいんじゃ……』


 広場はどよめく。


「何を言うかと思えば……それの何が問題だというのだ? 皆、聞くが良い。余が使うのは黒魔法、しかしそれは女神の魔法をも圧倒する力。余はこの力をもってこの太陽帝国を大陸唯一の国家とする。さすれば帝国はさらに繁栄する」


 広場はさらにざわめいた。


『それって、月と花の国に戦争をしかけるってことか?』

『でも国が大きくなるってことはいいことなんじゃ?』

『昨年月の国へ攻撃した時ですら五大臣を失ったんだぞ。どれほど犠牲がでることか』


 聴衆は歓喜と動揺が入り乱れている。しかし二千年に渡り平和が維持されて来たこの世界で、ほとんどは皇帝の宣言に否定的にも聞こえる。


「それを成し遂げるのに、いったいどれほどの犠牲を伴うつもりですか?」


 ルーカスは叫んだ。

 皇帝は真紅の瞳を見開いた。

 皇帝は激昂げっこうしている、その身に今まで見た事がないほどの黒魔法の黒炎をまとわせた。


『なんか頭が痛い』『何か耳でキーンと音が』『皇帝に靄がかかっていないか?』民も異変に気が付いているようだ。


 フリージアも光魔法を大量に放出する。


 そして、光の幻影魔法を用いて、龍やライオン、からす麒麟きりんといった動物を出す。数メートルの大きさの動物達が広間を動き回ることで、広場は大混乱に陥っていく。


 ここまでは作戦通りだ。


 処刑台へと目をやると、サイラスが引き連れた月の国の騎士とともに伯爵家の家族を救出しているのが見えた。伯爵の救出は成功だ。



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