5ー⑤ 夜の丘

 その後の二日間は情報の収集や、処刑当日の作戦を念入りに検討しているとあっという間に過ぎ去った。


 帝国軍に占拠された伯爵邸に帰るわけにもいかないルーカスは、この二日間フリージアの家のソファーで寝泊まりしている。朝起きると当たり前のようにおはようと声を掛、食卓を囲む、そのことが不思議に感じた。


 今回の作戦は公開処刑が行われる会場から伯爵家全員を救出することであるが、『鍵』の奪還も目論んでいる。


 作戦は完璧に思えたが、サイラスは「楽観視はいけません、不測の事態は起こりうるもの、色々なケースに備えてください」とことごとく小言を言っていた。

 でもそれは的確な指摘で、完璧な作戦だと思って油断すれば絶対に失敗する、奢るようなことがあってはならない。




 明日はいよいよ処刑の日だ。

 日付がまもなく変わろうかと言う夜中、なかなか寝付けず、何か飲み物をと台所へと向かったところで、物音がしたので驚いた。

 音の先にはコートを着て今にも出かけようとしているルーカスがいた。


「こんな時間に、どこかへ行かれるのですか?」

「なかなか眠れず……外の空気を吸いにいこうかと思っていたのです。姫様が舞を踊っていたあの丘の上、あそこでしたら静かで良いかと」


 完璧に作戦を立てたとはいえ、明日家族が処刑されようとしていて心が穏やかなわけがない。


 サイラスの調査によると、宮殿へ連行された伯爵一家は決して悪い待遇ではないとのことだったが、それでもきっと今頃不安な気持ちで過ごしていることだろう。


「私もご一緒しても良いでしょうか?」


 ルーカスはすぐに返事をしなかった。


「だって、こんな夜中に一人でなんて、危ないではないですか」

「まさか私は男ですよ?」

「そんなの関係ありません。そんなに不安そうな顔をして、放っておけません。すぐに上着をとってきますから」


 フリージアは部屋に戻り急いでコートを羽織ると、玄関で待つルーカスの元へと急いだ。置いて行かれてしまうのではと思ったけれど、ルーカスは玄関でフリージアを待っていてくれた。


 家の裏道から、丘へと上がる。息を吐くと吐息は白くなるけれど、ルーカス出した火の玉が体のすぐ周りを着いてくるので、寒さはほとんど感じない。


 丘に上がると、夜中であっても帝国の街の明かりが浮かび、見える景色は幻想的だった。


「ここから見る景色が好きなのです。初めて来たのは姫様の魔力を感知して追いかけてきたあの祝祭の日のことでしたが、その後もよく来ていて」

「私は逆に、ルーカス様に会ってしまったので、ここへは来られなくなったのですよ。お気に入りの場所だったのに」

 

 冗談ぽく言ってみたが、返事はなかった。ルーカスの横顔を見ると、遠くを見つめ心ここにあらずと言った様子である。


「あの――」


 抱きしめたいと思った。そうして大丈夫だと伝えたい。なにか思い悩んだ時、近くに人がいて、何も言わなくてもそっと頭を撫でたり抱きしめて貰えば、いつも安心した。だからルーカスにもそうしてあげたいと思ったけれど、それはいけない気がして、言葉にしてなげかける。


「大丈夫です。うまく行きます」


 はっとした表情をしたルーカスは、「すみません」と静かに言った。


「こんなことではダメなのでしょうけど、不安がずっと付きまとうのです。情けないことに」


「そんなの普通ではないですか」


「そうでしょうか?」


「不安は皆が抱えているものです。ですが、ルーカス様は強いです。諦めず、前を向き続けているのですから」

「それはまだ、望みが見えているからです。もし全ての望みの灯火が消えてしまったらと思うと、本当はとても怖い」

「望みがまだ消えていないのなら、今は他のことは考えず、その灯火だけを見ていれば良いのです。少なくとも今、ルーカス様はひとりではありません」


 ルーカスはこちらを向くとフリージアの肩に顔を乗せた。


「あの?」

「少しだけ、少しだけこうさせてください」



 ルーカスの背中に、フリージアは手を回した。

 ルーカスの気持ちが少しでも楽になるように、そして明日の夜を無事に迎えられるようにと願いを込めて。

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