5ー④ 混乱

 アルベルトは花の国へと向い、サイラスも情報収集のためと家を出た。エリーは当面の間外に出なくても良いようにと買い出しに出かけ、ルーカスは一度伯爵邸へと帰ると言った。


 誰もいなくなった家で、緊張の糸が切れたのか、どっと疲れが押し寄せる。靴のなくなった足はズキズキと痛み、ろくに食べず一晩を過ごしたのでお腹も空いている。

『太陽の鍵』を取り戻し、七日後の新月の夜に皇帝を誘き寄せる。これがフリージアに課せられた役割だ。出来るだろうか? いや出来るかどうかではない、やるしか道はないのだ。


 フリージアは首からかけていた『月の鍵』を見つめる。お父様にこの『鍵』を託された時から、覚悟はできていたはずだ。


 ソファに横に座ると、あまりに疲れていたので、すぐに意識は遠のいた。




 血相を変えたエリーが帰ってきたのは、昼頃だった。


「姫様……三日後に広場で公開処刑があるとかで、帝都が大騒ぎになっています……」

「処刑? 一体誰の?」


「はい……道行く人に尋ねてみたところ、バーデン伯爵ではと皆申しておりました。なんでも早朝にバーデン家の邸宅を皇帝の兵が取り囲み、伯爵とその妻、ご息女を拘束したのだそうです。そして今しがた、処刑の告知文が広場に掲げられて……」


「告知文は見てきた?」


「はい、確実な情報をと思いましたので。三日後の十三時。十三時に太陽広場にて処刑を行うと記載されていました。誰をとの記載はなかったのですが、状況からバーデン伯爵ではとの見方が広がっているのです。あの、姫様が連れてこられたお方は確かバーデン様とおっしゃいましたよね」


「えぇ、なんとかしないといけないわね」


 皇帝によってもう誰も殺されるようなことがあってはならない。それはどの国の人間であっても変わらない。


「そうですね……」


 ルーカスはまだ帰ってこないが、もうこのことは知っているだろう。今どこで、どんな気持ちでいるのかと思うと心が痛む。



 ドアを叩く音がして、エリーが見に行ったので、フリージアもドア近くへと向かうと、扉の向こうにいたのはマントのフードを深く被ったルーカスだった。

 うつむいて、その拳は固く握られている。怒りと困惑、そして哀しみを混ぜてめちゃくちゃになった感情を必死に抑え込もうとしているのがにじみ出ていた。


「私は……私を今まで守り育てて下さった伯爵を見捨てることなどできません」


 ルーカスが絞り出すように放った言葉は痛々しく部屋に響いた。


「もちろん『太陽の鍵』の奪還も成し遂げますが、私の別行動をお許しいただきたい」


 ルーカスは頭を下げた。


「ルーカス様、頭をあげてください。それに我々も協力しますから」

「ですが……」

「今は仲間でしょう? 抱えている問題は皆で協力して解決するべきです。それに善良な人間が処罰されようとしているのであれば、他国の方であっても見過ごすことなどできません」


 ルーカスは再び頭を下げると、噛み締めるように感謝の言葉を並べた。


「姫様は、やはり王族の方なのですね」

「え?」

「責任感と有無を言わさぬ存在感、それを今感じました」

「そんなことは……」


 そうありたいとは思うけれど、そうなれているとは思っていない。


「私も、ちゃんとしなくてはいけませんね。黒魔法を封印し、この帝国に正しさと、世界に安寧を取り戻さなくては」


 ルーカスは遠いところを見ていた。きっと彼が見ている世界に、フリージアは存在しない。


「ええ、かならず成し遂げましょう」


 右手を差し出すと、ルーカスもそれに応じて握手が完成した。

 迷いはない。不安はあっても、迷いがなければあとは突き進むだけだ。


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