4ー⑤ 出会いの真相
ルーカスは階段を下り終えるとフリージアの手を取って、石壁に押し付けた。背中に石壁の冷たさが伝う。
「何をしているのか、ご説明いただけますね」
ルーカスはいつもよりも低い声で、丁寧でありながら、怒っているのだとわかる声で尋ねた。いったい何をなんと説明すればよいだろうか。ルーカスは仮面をつけていない。もちろんフリージアも仮面はつけていないし、そのせいで、金髪に紺色の瞳をしている。
「えっと……あの……少し道に迷ってしまって」
あまりにも苦しい言い訳だ。ルーカスも、はぁという声にならないため息のようなものをついた。
「今更そんな言い訳が通用するとお考えですか? ここは、侵入禁止と書かれていたはずです。反逆行為として捕まりますよ」
「それは……」
ルーカスの言う通りである。だからといって明らかに怪しいこの場所を前に、引き下がるのも嫌だ。
どのみち今は闇魔法のワープは使えない。闇魔法のワープは、触れている人や物を一緒に飛ばしてしまうのだ。ルーカスに触れられている今、ワープをすれば道連れにしてしまう。
「手を離していただけませんか?」
「いいえ。以前のように逃がすわけにはいきませんから」
言葉ではどうにもなりそうもない。ならば手を振り切ろうと力を
狭くて静かで薄暗いこの空間で、ルーカスの瞳が真っ直ぐにフリージアを捉えている。
さっきダンスを踊った時と大差ない近さなのに、仮面がないので、さっきよりも近く感じる。
「まさか、私が何も気が付いていないとお思いですか?」
フリージアの瞳を刺すように見つめたまま、ルーカスが言う。
「……いったい何を気づかれているというのですか?」
ルーカスはため息をついた。
「……貴方は、図書館で働くアリア嬢で、そして――月の国の姫君ですね」
ドレスや髪形はさっきルーカスと踊った時のまま。さすがにアリアだとは気づいただろう。しかし、なぜ月の国の姫だと思ったのか。
「どうして、そのように思われるのですか?」
「それは――あなたがいつも同じ気配をまとっているからです」
「気配?」
「魔法の気配です。祝祭の日、魔法の気配を感じた私はその主を探しました。貴方は鏡を落としていきましたね。その鏡にも魔力の気配が残っていました。夜になって、かなり強い魔力を街のはずれで感じたので、向かってみると、やはり貴方がいました。まさか真の姿で無防備に踊っているとは思いもしませんでしたが。その後図書館で会った時も、あなたからは魔法の気配がしていました。もちろん最初からすべてが同一人物だとは思っていませんでした。とくに、今のその姿とアリアさんが同一人物であることは確証が持てなかった。あの日、丘の上踊っていた貴方の顔は、あまりに一瞬すぎて朧げにしか記憶できていませんでしたし……。しかし、なんとなく確証めいたものは感じていました。貴方が行方知れずの月の国の姫君であることも。そもそも魔法を使えるのは王族だけのはずですから、選択肢は少ない」
「……っ」
どうしよう。ばれていた。それも最初から全て? それはつまり、今までの出来事は全てルーカスの手の上だったということなのかもしれない。
「できれば、推測は外れていてほしいと思っていましたが」
ルーカスのこげ茶色の瞳が少しだけ揺らぐ。
「どうして?」
「なぜでしょうね。それで何かが変わる事なんてないのに」
ふとルーカスの説明に強烈な違和感を覚えた。
ルーカスは魔力を感知したと言った。なぜ魔力を感知できたのか? 魔力を感知できるのは、魔力保持者だけである。この国で魔法が使えるのは皇帝ただ一人だと言われていた……はずである。
「まさか、ルーカスは魔法が使えるの?」
ルーカスはフリージアから目線をはずした。その目はひどく哀しみを帯びている。
そして強く掴まれている両手首に、自分のではない魔力と暖かさを感じる。これは、間違いなく女神の魔法の気配。しかし月の国のものとは異なる。
「これは魔法……?」
「魔力の隠し方、よっぽど独学の私の方が上手いようですね」
「え?」
月の国のものとは異なる魔力。暖かい――これは火魔法だろうか。
辺りに低く唸るような音が響いた。驚いて音のする方を見ると、石の壁だと思っていた場所、階段下の行き止まりの一辺の石壁が、ゆっくりと音を立てながら開いて行くのが見えた。
フリージアもたいそう驚いたが、ルーカスもまた驚いているように見えた。強く掴まれた両手首からは既に暖かさも魔力も感じなくなっていた。
開いた石壁の先には、通路が見える。
隠し通路――地図に書かれていたものに違いない。やはり隠し通路はあったのだ。先に進むことを考えなければ。ルーカスの手を振り払おうと、持てる全ての力を手にこめた。しかしいとも簡単により強い力で打ち消される。
「行かせるわけにはいきませんよ。あなたは帝国の敵かもしれないのですから」
細身で優しい雰囲気を纏っていても、ルーカスは男性だ。力で勝てるわけがない。ならば蹴りを? しかし、ドレスは重い。足が上がるとも思えない。
フリージアはルーカスを見た。祝祭の日、鏡を拾ってくれて、その後図書館でいろいろな話をした。それは、偶然なんかではなかったのだ。
ルーカスはアリアがフリージアではないかと疑って近づいた。よく話しかけてきたのも、探りをいれるためだろう。アリア自体に興味があったわけではない。それなのに、私は一方的に恋心に近い感情を抱いて、なんて馬鹿なのだろう。フリージアは落胆と羞恥心、そして悔しさが込み上げてきた。
「私、本当になにをやっているんだろう……」
「えっ?」
悔しくて情けない。月の国の民のために動くことこそ自分の責務で、帝国には遊びに来たのではない。それなのに、ルーカスに話しかけられて、浮かれていた。
フリージアはもう一度ルーカスの瞳をしっかりと見た。こげ茶色の曇りのないきれいな瞳、優しさを醸すたれ目にすっと通った鼻筋、傷一つない透き通った白い肌、柔らかい声で奏でられる言葉、貴公子という言葉がお世辞ではなくぴったりな人、その美しさすべてが憎らしい。
そこからはもう、ただの衝動的な行動だった。フリージアは精一杯背伸びをして、ルーカスに顔を近づけ、その唇に自分の唇を押しあてた。
ルーカスの表情がどう変わったかわからない。ただ、掴まれた手首にかかる力が緩んだその瞬間をフリージアは見逃さなかった。ルーカスの手を最大限の力を込めて振りほどき、体を強く押しのけた。ルーカスがよろけたところで、開いた石扉の先へと一気に走った。石扉の先は長い通路になっていて、フリージアは転びそうになりながらも必死に走る。
唇に残るやわらかく暖かい感触の残像。心臓はこれ以上ないほど高ぶっている。なんてことをしてしまったのだろうか。でもルーカスに散々振り回されたのだ。それが効果的なのかなんてわからないけれど、ルーカスに一矢報いてやりたかった。相変わらず、なんて幼稚なんだろう。早く真の大人になりたい。
いや、今は通路の先にあるものに集中したい。入り込んでくる余計な思考を削除しようとした。
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