4ー⑥ 『太陽の本』
通路を進むと、その先には再び扉があった。鍵がかかっていたが、絵本で見つけた鍵を挿したところ、いとも簡単に開いた。
ドアを開けると、そこは窓のない六畳ほどの小さな部屋へと繋がっていた。置かれている家具はひどく
部屋の奥にある棚に目をやると、フリージアが灯している光に反射している何かがある。フリージアは気になって、部屋の中央、そして奥へと進む。一歩進む度に床が
周囲に警戒をしながらゆっくりと棚に近づくと、光が反射していたのは、白銀のティアラであった。ティアラを手に取り埃をはらうと、藤色の宝石があしらわれているのが見えた。
棚へティアラを戻そうとしたところ、ティアラが置かれていた台座が気になった。白銀の枠に埃で色がわからなくなった布が貼られた台座は、ティアラの置き台にしては違和感のあるほどに大きい。四十センチ四方の台座は箱のようで、布張りの上部分を外すことができそうだ。
フリージアは持っていたティアラを傍らに置くと、台座の端を持って上に引きあげる。埃を舞わせながら、台座の上部は外れた。やはり箱になっているのだ。
開いた箱の中には、金細工の
「これが……」
これこそ探し求めている『太陽の本』だということは説明されなくてもわかった。
『太陽の本』を慎重に箱から取り出してみたが、長い月日を経ているだろうに、本は劣化を感じない。表紙の金もまるで手入れされていたかのように輝いている。
金の表紙を開こうとしてみるが、びくともしない。
「普通に開きそうなのに、不思議……」
やはり『鍵』が必要なのだ。
首からドレスの下に隠していた『月の鍵』を取り出して本にかざしてみる。一瞬『本』が光ったので期待したが、その光はすぐに消え、『太陽の本』に変化はない。
フリージアは周囲を見渡す。ティアラ以外にも双眼鏡やアクセサリー、時計などたくさんの年季の入った道具が溢れている。どこかに『鍵』もあるかもしれない。
「目的は、それですか?」
後ろからルーカスの声がした。追ってこられないように妨害はしていないのだから、当然だ。ルーカスは部屋を観察しながらもゆっくりと近づいてくる。
「あなたは帝国の敵……ですか? なら見逃すわけにはいきません」
ルーカスの強い声が部屋にこだまする。
「私が帝国の敵なのではなく、帝国が月の国の敵なのではないでしょうか?」
「……今手に持っている物を渡してください」
「それはできません」
床が軋む音がする。ルーカスがこちらへくる前に、ワープで逃げなければいけない。でもまだ『鍵』を見つけていない。
「それは帝国の物。貴方が月の国の姫君であるのであれば、それを盗むということは国家間の問題に発展しますよ」
「わかっています。でも我々にはこの『太陽の本』が必要なのです」
「帝国への復讐のためですか?」
「違います。月の国を、民を少しでも幸せな道へ導くために。それに、この国のためにも」
「……その『本』に何が隠されているのですか?」
「あなたは、この『本』の中身を知らないのですか?」
この国の魔力保持者は皇帝ただ一人だと言われていた。それなのにルーカスは確かに太陽帝国が継承する火の魔法を使っていた。ルーカスはいったい何者なのだろう。
「皇帝が黒魔法を使っていることを、あなたも気が付いているのでしょう?」
ルーカスの表情が一瞬曇った。
「なんのことでしょうか?」
「皇帝が使っているのは黒魔法。私の魔法の気配がわかったのですから、皇帝の使う魔法が女神の魔力に依らない力であることにも気が付いているはずよね」
「気が付いていたとして、それがなんだというのですか?」
なぜそんなにも平然としていられるのか。その力が国民を苦しめて、それどころか殺めているかもしれないのに。まさかルーカスは黒魔法が何かを知らないのではないか。
「黒魔法は
「代償……?」
「代償は人の命です。皇帝は人の命を代償にして、黒魔法を使っているのです」
「命?」
「帝国では人の失踪が問題になっているそうですね。それに先日の図書館の正門での事件も……」
ルーカスは眉をひそめた。
「黒魔法は危険です。人の命を代償にしている時点でも人の道を外れているけれど、世界の平和と均衡を守ってきた我々の女神の魔法では太刀打ちできない。悪意を持った人間が用いれば、三国で保ってきた世界の均衡を崩してしまう。少なくとも皇帝は月の国と太陽帝国の二国間の均衡を破ったのです。さらに世界の平和も脅やかすつもりだとしたら?」
ルーカスは
そんなルーカスを横目に、フリージアは再び棚へと向き直り『鍵』を探す。『鍵』がなければ、『本』はなんの意味をなさない。
ふと一つの考えが頭をよぎった。確証すら感じる。
フリージアはルーカスを見た。
「ルーカス様、もしかして『鍵』を持っておられるのではないですか?」
「……」
ルーカスは何も言わない。否定することもなく、『鍵』とは何かとも尋ねないその様子は、肯定しているも同義であった。
「あなたが持っているのですね。あなたは一体……」
その時、ルーカスの背後から部屋に入ってきた黒い気配に背筋が冷えた。
「お取込み中のところ申し訳ないね」
低く重い声が迫りくるように部屋に響き、ルーカスは慌てて振り返った。部屋の入口には、禍々しいオーラを纏った帝国皇帝その人が立っていた。
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