4ー⑦ 邂逅
「陛下……なぜこのようなところに」
「なぜこのようなところに? それは余のセリフだと思うがね。それにしてもこの部屋をあけたのは、まさかお前か?」
一言話すたびに放射状に広がっていく
「伯爵が、こんなとんでもない隠し事をしているとはな。お前はいったい誰の子だ?」
皇帝の真紅の瞳が薄暗い部屋で不気味に光る。
「まあいい、ちょうどこの部屋を開けられずに困っていたんだ、まずは感謝するとしよう」
「これはこれは、初めてお会いしますな。貴方様は月の国のフリージア王女ですかな」
ルーカスの横を通り、皇帝はこちらへ近づいてくる。尖った黒革のブーツが一歩踏み出すたびに、床がきしむ音が薄気味悪く響く。皇帝の体から出ている黒い
「近寄らないで」
思った以上に大きな声で強めの言葉を放つと、皇帝はその場で足を止めた。
「ほぉ、見かけによらず気が強い王女とお見受けした。しかし大人しくしておいたほうが良い時もあると思うぞ……なにせ私は多くの人質をとっているのだからね」
「人質とは、なんのことでしょう?」
「わからないか? 月の国の国民全員の命だよ。余の力を使えば、一瞬で消すことができる。国民を守りたいとはおもわないか? さぁ――その『本』を渡してもらおう」
心には迷いが生まれる。月の国の全員の命が人質、それならばこの『本』を渡した方が良いのか、ただのハッタリである可能性も排除できない。でも、ただ一つ確かなのは、『太陽の本』を渡してしまえば、月の国に勝機はなくなる。
「この『本』は渡せない」
そうきっとこれでいい。これでいいはずだ。
「そもそも、それは君のものではないはずだが? 誰がどう見ても、盗人は君で、余が正当なその『本』の所有者だと思うがね」
「この『本』で何をするつもり?」
「その『本』を何にどうやって使おうが、余の自由のはずだ。お前に言う必要などない。それに、言っただろう、私は人質をとっていると。月の国の民をこの力で亡き者にするなど造作のない事。渡さなければ月の国の民を殺すと言っている」
「王が、その権力をもって人の命をとるなどありえないわ」
「ありえない? 何を馬鹿な事を。出来るか出来ないかそれだけの話だ。余には出来るし、力のためには必然だった。それだけだ」
皇帝の手に黒い炎がともる。瞬間、人の憎悪と恐怖を集約させたようなあの禍々しいオーラが一気に部屋全体へ冷たく広がる。そのオーラに当てられると発狂してしまいそうになる。足の先、指の先すべてに重しが加わり、血を吸い上げられるような体全体へと響く恐怖。これが黒魔法。お父様を殺し、お兄様をも縛り付ける魔法。
「そんな力を使って、一体何をするつもり? なぜ、月の国を襲ったの?」
「質問が多いな、なぜか? この世の誤りを正すためだよ」
皇帝は嫌な笑みを浮かべている。
「おかしいと思わないか? 魔力を持った特別な者が統べるこの世界が?」
「何を言っているの?」
「例え有能な人物がいても、魔力を持たなければ国を率いることはできないということだ」
「でも、それでも世界はずっと平和に……それに貴方だって魔法を……」
言いかけて疑問に思った。そういえば皇帝が使う魔法はいつもあの禍々しいものであり、女神の魔力を使っているのを感じたことはない。
「まさか貴方は魔力を持たないの――?」
「まさか、か。いかにも王族らしい言い分だな。そういえば、余の父や周りの奴らも同じように言ったな、まさかと。しかし余はちゃんと力を手に入れた」
「それで、貴方は家族を殺したの?」
皇帝が鼻で笑う音がした。
皇帝が黒魔法に執着している意味がわかった気がした。想像することしかできないが、皇族で直系の血筋で魔力を持たなければ、あれこれいう人もいるだろう。
「でも、どんな理由があろうとも、そのような力を使っていいわけではないわ」
しばらくの沈黙の後、そうかもしれないなというか弱い声が聞こえた気がした。しかしすぐに皇帝の低く重たい声が響いた。
「しかし、この世は歪んでいるのだよ。余はもう拗れた心を治す術は持っていない。さあ、『本』を渡せ。余は女神の魔力を根絶する」
女神の魔力の根絶それが皇帝の目的か。
皇帝は一歩ずつフリージア達に近づいてくる。
話が通じる相手ではなさそうだ。『本』は手の中にある。『鍵』はおそらくルーカスが持っている。ひとまずルーカスを連れて逃げ、交渉をするのが最善ではないだろうか。
フリージアはルーカスの手を取り、そして使える最大量の闇の魔法を放ちワープした。
賭けだった。ルーカスを連れているからいつも以上に力が必要だ。苦手な闇魔法でいったいどこにワープしてしまうのか。最悪数メートルしか移動できずに、皇帝の目の前に再び現れてしまう可能性すらある。
一瞬にして闇に包まれた後、宙に浮いたような感覚のあと落下するのがわかる。絶対に『本』だけは離さないよう胸の前でしっかりと抱え込んだ。
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