4ー⑨ 『本』の中身


「『本』はいにしえの女神との契約書なのです」


 迷いはしたが、フリージアは『本』について説明をすることに決めた。協力者は多い方が良いし、確かにルーカスとは目的を同じくしている。


 『本』がいにしえの女神との契約書で、魔法に関する全てが記されていること、『本』は三分割されていて、月・太陽・花の三国にそれぞれ保管されていること。そしてそこに黒魔法の記述と、その封印の方法が書かれていること、ひとつひとつを説明した。ルーカスは驚いた表情を見せたり、頷きながら聞いていた。


「やはり黒魔法はこの世にあってはならないと思うの。強すぎて他者による抑止力が働かないし、人の命を代償にするなんて絶対に許されない。黒魔法を封印する。そして月の国を返してもらう。それが私たちのやろうとしていること」


 フリージアの紺色の瞳でルーカスを見つめる。


「『太陽の鍵』を持っているのであれば渡してください」


 ルーカスもまたフリージアの瞳をしっかりと見ている。


「『鍵』は確かに私が持っています。それが『太陽の鍵』と呼ばれるものであることは知りませんでしたが、先帝が母を通じて私に託したものだと聞いています。ですが……お渡しすることはできません」


 その言葉にフリージアは落胆する。目的は同じだと、さっきは言っていたのに。


「どうして? このまま皇帝を野放しにするつもりですか? 皇帝は帝国民の命も奪っているのに」


「えぇ。ですから私も姫様方と目的は同じです。皇帝を封印したいと思います」

「なら――」


「『本』を私に渡してください」

「え?」


「それは本来帝国の持ち物のはずです。たとえ目的が同じであったとしても、他国の方が見て良いものではないはず。ならば中身の確認は私が行います。しかし同じくする目的のために、開示すべき内容は開示しましょう。これは正統な取引だと思いますが」


 ルーカスの言い分はもっともである。でも、必要な情報を本当に開示してくれるのか、保証はない。でも信じたいと思った。


「わかったわ」


 フリージアは手に持った『太陽の本』をルーカスに差し出した。


 ルーカスは『太陽の本』を受け取ると、首にかけたチェーンを引っ張り、ジャケットの下から赤と茶の宝石のついた金の『鍵』を取り出した。『太陽の本』の表紙に『鍵』をかざすと、『太陽の本』は赤い光を放った。光が収まったあと、ルーカスが表紙をめくると、『本』は当たり前のように開いた。


 中に何が書いてあるのかが覗けなくするためか、ルーカスが背中を向けたので、フリージアも向きを変えて背中同士を合わせた。ルーカスの背中の暖かさが伝わってくる。


 本当は二度と会わないつもりでマスカレードの会場を出たはずだったのに、ここでこうして背中をあわせているなんて、マスカレードでの出来事は、遥か昔のことに感じるし不思議な気持ちだ。


 この場所で聞こえるのは『本』をめくる音とルーカスの息遣い、ドレスの布擦れの音。もしかするとフリージアの心音までもこの静寂が支配する空間では聞こえているのかもしれない。


――くしゅっ


 腕が露出したドレスではこの季節は寒い。フリージアは両手を腕に当て、少しでも肌が空気に触れている領域を減らそうとした。もうすぐ冬になる。帝国で迎える初めての冬だ。

 

 布が擦れる音がしたかと思うと、肩にわずかな重みを感じた。緑に金糸の刺繍がされた、ルーカスが身につけていたマントだ。肩越しにチラリと見ると、ルーカスは本に目線を向けたままだった。


「それを羽織っていてください。私は長袖ですから」


 体を覆ったマントからは、自分のものではない優しい香りがした。

 そしてルーカスは手を宙にかざし、火の玉を出した。火の玉はフリージアの冷えた体を溶かしていく。中には火の玉と光の玉が並んで浮かんでいる。


「暖かい」

「火魔法は冬にとても便利なのですよ」


 どれくらい時間がたったのだろう。少しだけウトウトしてしまっていたようだ。『本』を閉じる音がしたので、フリージアはルーカスの方向に体を回転させた。


「読み終わりましたか?」

「えぇ」

「それで、なんて書いてあったの?」


 フリージアは前のめりになって尋ねる。


「その前にそろそろここから出ましょうか?」


 やはりそう簡単には教えてくれはしないようだ。


「ですが……どうやって?」

「ここに落ちている工具を火の魔法の高温で溶かし、変形させれば、この鍵穴に合う鍵を作る事が可能です」


 ルーカスは自慢げに言った。


「あの、最初からそのことはわかっておられたのでは?」

「なんの事でしょうか?」


 ルーカスの手に赤い炎がともり、工具を溶かすと、そのまま鍵穴に流し込み、鍵はあっという間に出来上がった。

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