4ー② 兄との再会
「貴方のような美しい方が、壁の花とは
にやりと
一方で家族の前で見せるのとは異なる色っぽい息遣いに、
「まぁ、はたして貴方様は私に値するだけのお方なのかしら?」
フリージアは上目遣いで頭を傾け、精一杯大人っぽく、そして色っぽく見えるように言ってみる。少しくらい仕返しをしたって許されるだろう。今日はエリーに気合を入れて化粧をしてもらったし、大人になったフリージアの魅力でアルベルトをドキッとさせられないだろうか?
アルベルトは眉を少しだけピクっと動かした気がしたが、まったく動揺したそぶりを見せることはなかった。
「まさか私以上の適任者がいるとは到底思えませんね。あなたの花のように美しい。お相手にはどうか私をお選びください」
どうやらまだこの茶番を続けるようだ。
「どうせ皆にそのようにおっしゃっているのでしょう? 証拠に、色々な女性と踊っていらしたではないですか」
「私が想うのは世界で一番美しい貴方だけですよ。それにしてもまさか、そんなにも私のことを見てくださっていたとは……あなたからの注目を浴びられるとは私は果報者ですね」
アルベルトは壁に突き立てていない方の手で、フリージアの手を取り、口元へ持っていった。色っぽい。我が兄ながら、罪深い。
「もぅ!」
限界であった。フリージアは頬が赤らむのを感じて、いたたまれなくなる。
「ねぇ、もういいから、いつものお兄様に戻って」
「はははっ」
アルベルトが顔をクシャッとして笑ったのでホッとした。
フリージアはこの笑顔が好きなのだ。アルベルトはフリージアをからかって、満足したらこの顔をくしゃくしゃにした笑いをする。それは家族の前でしか見せる事のない特別な笑みだと、サイラスが言っていた。だからフリージアはどれだけからかわれても兄からこの笑いを引き出せるのであれば、別にいいかと思うのだ。
アルベルトが壁に当てていた手をフリージアの腰に回し、腰と手を強く引っ張ったので、アルベルトに抱きつくような格好になりながら、ダンスフロアへと躍り出ることになった。
アルベルトは包み込むようにフリージアを自然に導いていく。舞踏会で踊ったことなど一度もない。デビュタントに向けて練習はしていたが、一年以上前の事で、実際こんなところで踊る自信なんてない。
「お兄様、本気?」
「なぜ本気じゃないと思う?」
ちょうど曲が流れ始め、それが月の国でダンスの練習をしていた曲と同じだったのでホッとした。それでも緊張は極限まで高まっていて、今にも手も足も絡まってしまいそうだ。
「緊張しているのか?」
「まさか……」
「手が震えているぞ」
「そんなこと、ない、もん」
「心配するな、俺に体を預けていればいい。何度も練習しただろう」
フリージアはアルベルトの顔を見る。無理だと思ったが、どうやら練習の成果は体に染みついていたようで、足は自然とステップを踏む。
「意外にいけそう……」
「俺のリードが上手いからな」
「……さすが……」
アルベルトの冗談に付き合う程の余裕はない。
「まったく、髪の色も目の色も綺麗に変えたなぁ。でも月の形の髪飾りをつけてきたのは何故だ? せっかく変装したっていうのに、ヒントを入れるなんて、優しいやつだな」
フリージアが問題なく踊れているのを確認して、アルベルトは言葉をかけてくる。フリージアも少しずつではあるけれども余裕が出てきた。
「だって、初めての舞踏会なんだもの。お父様にもらった髪飾り。絶対つけるって約束したんだもの」
「初めての舞踏会ねぇ、と言っても、お前誰とも踊ってなかったじゃないか」
「結構声かけられたもん。丁度誰かと踊ろうと思っていたところなの!」
「へぇそれは危ないところだった。かわいい妹のファーストダンスは、父上には譲れても、他の男には譲れないからな」
デビュタントではお父様にエスコートをお願いする予定にしていた。その日は来なかったけれど、今日こうしてアルベルトと初めて踊ることができたのは幸運なのかもしれない。
「姫、世界で一番美しいですよ」
アルベルトは耳元に口を近づけて、吐息が多く混じった、ささやくような声でそう言うと、フリージアと同じ紺色の瞳で仮面越しに見つめてきた。心臓が倍速で鼓動し始める。お兄様はきっとモテる男なんだろうな、とつくづく思う。
「……なんか、すごく今のドキッとした。ねぇ、お兄様って絶対モテるよね? 普段から女の人にそうやって耳元で
「お前な……素直に照れてりゃいいのに……」
「え?」
ちょっとだけアルベルトが困惑した雰囲気を出しているので面白い。
「ねぇ、お兄様って、好きな女性はいるの?」
「あー急にどうした?」
「んと、だって、さっきものすごく慣れた感じで誘ってきたし」
「年相応ってやつだよ」
「じゃあ私も三年たったら、年相応になる?」
「お前は一生このままかな」
「ひどい」
「……お前、一応聞いておくけど、誰かこうして踊りたい奴でもいるとか言わないよな?」
「……そんな人はお兄様以外にはいないよ?」
「なんだ、その間は。お前は俺の宝物だからな、そんな簡単には渡さないよ」
「――宝物とか、恥ずかしいから、そういう事真顔で言わないで、どうせからかっているのでしょう」
「はははっ」
またクシャッとした笑みを浮かべている。どこまでが本心で、どこまでがからかいの言葉だったのかはいつもわからないけれど、アルベルトは満面の笑みだ。仮面をつけていることも、髪の色がいつもと違う事も、ここが帝国であることも忘れて時が昔に戻ったように錯覚してしまう。どこかのドアから、遅くなってすまない、と言って、お父様が出てくるのではないかという気さえする。
こう言う時間を取り返したいのだ。
フリージアはこの空間を、時間を噛みしめた。
「それで? ここへ来たのは、何か作戦があるんだろ?」
もうすぐ曲が終わるという時、アルベルトが他の人に聞こえないよう、顔を近づけて小声で言う。
「『本』が見つかる可能性のある場所を見つけたの」
「そうか……期待している」
期待していると言うその言葉が嬉しかった。絶対に期待に応えたいと思う反面、まだ『本』が見つかる確証を得ていない不安もある。
「いたる所で魔法を使って
しっかりと根回しをして、下準備をする。こういうところはさすがアルベルトだと思った。
「フリージア……」
アルベルトはフリージアの瞳を捉えた。
「作戦には余計な感情は持ち込むな。遊びじゃないんだ。死ぬぞ」
フリージアは心臓を
アルベルト紺色の瞳は王太子の、いや国王のものだった。
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