3ー④ 『本』のありかと黒魔法
アルベルトから受け取った何も書かれていないメモを見てエリーは不思議そうに目を細めたが、光の魔法を込めると文字が浮き出るように細工がされているのだと説明すると、納得した表情を浮かべた。
フリージアが光の魔力を紙に込めると、アルベルトの筆跡で茶色の文字がゆっくりと浮き出てきた。
――宮殿内に『太陽の本』がない事は確認済み
――皇帝は人命を
「黒魔法は人命を
エリーの顔は恐怖に
以前、サイラスが黒魔法は人の道を外れた魔法と『月の本』に書かれていたと言っていた。人の命を対価に使う魔法なのだとしたら、確かに人の道を外れている。
「いったい誰を
フリージアは思考する、いったい誰を
「皇帝は、黒魔法の贄にするために自国民を手をかけている?」
「そんなっ」
暗い沈黙が流れた。
「そう考えたら、一連の噂や状況もピッタリはまっていくの」
「確かに、そうですが……」
あの黒炎のパフォーマンスも、人の命で作られたものだったのだろうか? でもあの禍々しいオーラは人命によると思えば理解ができる。もしそれが真実であれば、静かで煮え立つような怒りが込み上げてくる。そんなこと、絶対に許されるわけがないのに。
「エリー、そういえば大聖堂と
「調べましたが、その二箇所に『本』はないのではないかと思われます。
大聖堂はいにしえの女神を祭っている。そこに皇帝が参拝していないとは不自然だ。我々三国の王族は、いにしえの女神の魔法を使って国を治めているから、月の国でも女神を
「その様子だと、二箇所は候補から外しても良さそうね……」
「姫様、図書館はいかがでしたか?」
「実は……別館で、気になることがあったの」
フリージアは別館での出来事について、エリーに話し始める。
フリージアはここ二ヶ月に渡って、週に二日、子爵様に依頼された別館での作業を行っている。
別館にある大量の本の埃を払い、中に書き込みやメモが挟まれてないかを確認し、問題なければ管理番号のシールを貼って本館の棚へ並べる。仕事自体はいたって単純で簡単なものだが、特別なのはそれらが歴代皇帝の蔵書だということだ。
置かれている本のほとんどは何の変哲もないただの本だが、一部私書や日記といったものも含まれていて、やはり一平民が触れてもよいものには思えなかった。
別館は長期間に渡って換気もされていなかったのか、陰気で湿った空気が充満している。調度品ひとつひとつは
ある時、目に止まった本があった。それはずいぶんと古い絵本で、表紙には「妖精の恋人」と書かれていた。それはフリージアが大切にしていた絵本と同じタイトルだ。
フリージアが持っていたものとは挿絵が異なり、黄ばんだ紙は触れば粉々になってしまいそうなほどで、いかにこの絵本が幾重の時を超えてきたのかが伝わってくる。
フリージアは慎重にその絵本の一ページ目を開いた。
――昔々あるところに、妖精のお姫様が住んでいました
――妖精は七色の羽をかざしては癒し、羽ばたかせては空を飛ぶ
冒頭の文章はフリージアが知るものと全く同じである。フリージアはページを
人間の世界が見たいと、周囲の反対を押し切り人間の王国へと降り立った妖精の王女セレネは、丘の上で人間の王子様と出会い恋に落ちる。それがきっかけとなり人間国と妖精国の交流が始まる。
しかし人間国の王様は妖精の羽が持つ不思議な力が欲しくなり、妖精を奴隷にしようと画策する。妖精の王女と人間の王子様は協力して王様を倒し――
あれ?
フリージアの知るこの絵本の結末は、王様を倒し、王子様は妖精の王女にプロポーズして、二人は結婚し、妖精と人間は真の友人となりお互いの国は永遠に繁栄するというものだ。
しかし、今手元にある絵本では、妖精の王女と人間の王子様は、王様を倒すことに成功するが、妖精の王女はその際に重傷を負い、王子様の腕の中で息を引き取ったと書かれている。
最後のページは丘の上で妖精のお姫様の亡骸をだき、涙を流す王子様の絵が描かれている。
――王子様はやがて王となり、人間国を繁栄に導いた。ときおり妖精の国と王女セレネに思いを馳せて、それでも妖精に再び出会うことは生涯なかった
結末が、違う。これはとても悲しい結末……
さらに最後のページをめくると、裏表紙の内側に封筒が貼り付けられていた。封筒も茶色くなっていて、年季の入ったものである。
――この物語をハッピーエンドにしたかった
封筒の面には手書き文字でそう書かれていた。
裏表紙に貼りつけられた封筒をそっと開く。
中からは
「これがその絵本、そして図面に鍵なのだけど」
フリージアはエリーに見せる。
「持ち出してしまって大丈夫だったのですか?」
「別館に入るのは子爵様か私だけだし、バレることはないと思って……それにこれは手掛かりになると思うの」
二人で図面をのぞき込む。半円形の中庭の周りに三つの建物。これは帝国図書館の配置と同じである。つまりこれは図書館の図面だと推察できる。
「気になるのは、ここなの」
フリージアは別館の地下部分を指さす。
「この部屋は別館にあるのに、どこにも入り口がないの。でもこの部屋から、陽明館に繋がっている通路が書かれている」
図書館の三個の建物の真ん中に位置する陽明館は大きなホールと複雑な廊下で構成されている。その迷路のような複雑な廊下の一つが別館のその 部屋に繋がってこの図面では書かれている。
地上から見たとき、別館と陽明館をつなぐ道はない。だから、二つの建物をつなぐ廊下があるとすれば、地下だということだ。
「今の図書館の図面も調べてきたのだけど、そっちにはこの通路の記載はなかったわ」
図書館の図面は禁書個にあるのだが、フリージアは職務上稀にはいることがあった。
「陽明館を入り口として、地下通路を通じて別館のある部屋につながる。調査する価値はありそうだと思わない?」
「確かに。とても怪しいかと……」
「そうよね。ただ問題はどうやって中に入るかなのよね……」
陽明館は図書館職員でもそうそう立ち入ることができない。だからこそ余計に何かあるのではないかと勘繰ってしまう。しかし中に入るにはどうしたら良いのか。
「
「
急に大きな声を出したので、エリーはぴくっとした。
「仮面をつけて行う舞踏会らしいの。陽明館で開催されるって聞いたわ。確か時期的にも、もうすぐだったはず」
ロミ先輩が
「仮面で顔を隠しているなんて、調査にはうってつけだわ」
「なるほど、ですが、その、
「招待状があれば誰でも入れると聞いたのだけど……招待状……偽造できないかしら?」
招待状がどのようなルートで、誰に配布されるのか、フリージアにはわからない。
「偽造は難しいのではないでしょうか? そもそもの招待状の形状がわからないことには作れませんし、招待状だけで入場ができてしまうのでしたら、安全性の観点でも、偽造ができないよう、手の込んだ造りになっているかと」
確かにそうだ。
「闇市で売られているのを買うか、盗むか……かしら」
「闇市にはありそうですけれど、結構な値段かと。今の私たちが持っているお金で払えるかどうか……それに、危ないのではと思います」
確かに、闇市のようなところは金がものを言う、お金を積めばほとんどの物は買えるし、ただし、それをどんな人が売って、また買ったのかという情報も、お金を積めば売人は口を割るだろう。闇市での売買は危険性の高い取引なのだ。
「アルベルト様に頼んでみるのはいかがでしょうか?」
お兄様に頼めばきっとなんとかしてくれるだろう。でもそれではダメなのではないかと思った。庭園ティーパーティでのアルベルトは、見た目は変わっていないけれども、自我を押し殺し皇帝に服従する様子は苦しそうなものに見えた。フリージアの知っている余裕に満ちた、どちらかというと横柄な態度のアルベルトとは全く異なった。
それにアルベルトは『花の本』を探しているのだ。『太陽の本』を探すことは、フリージアに任せられた任務だ。
「お兄様にはお兄様のやるべきことがあるのだから、手を煩わせるようなことをしたらダメだわ……もう少し考えてみる。招待状の件は私がなんとかするわ」
苦手な闇魔法を練習してワープで侵入するか? いや、皇帝も来るマスカレードでそれは危険すぎる。
すでに招待状を得ている人から譲ってもらえるのが一番確実だ。しかし盗むしかない。誰から? 一瞬ルーカスの顔が浮かんでくる。伯爵家はら招待状は持っているだろうけれど……。
ティーパーティーも終わり、もう会うことも話すこともない。ちくりと疼く心が腹立たしい。
「姫様?」
エリーの言葉で、ハッとする。また余計なことを考えてしまった。
「姫様、マスカレード用のドレスと支度はエリーにお任せください」
「えっ?」
「姫様を久しぶりに着飾っていいなんて、侍女としては腕が鳴ります」
エリーはこころなしかウキウキしているように見えた。
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