3ー② 庭園ティーパーティー開幕
庭園ティーパーティの開始時刻が近づき、招待客が続々と集まりはじめ、会場は賑やかである。帝国全ての貴族が招待されるので、その数軽く七百人。
フリージアに割り当てられた仕事はテーブルへの誘導と、料理やドリンクの配膳である。この日のために通常業務に加えて準備をしてきたので、残業も多く、体は疲れているが、全ては今日の招待客に楽しんでもらうため。頑張って来たのだから、今日を無事に成功させなければならない。
フリージアは開催されることはなかったあの日のデビュタントに思いを馳せる。あの舞踏会もたくさんの人たちがこうして大変な思いをして準備をしたことだろう。あの時は何も知らず、自分のドレスや髪型のことばかり考えて、いかに自分が幼稚だったのかがいまならわかる。
会場を眺めていると、後方で黄色い声が上がっているのが耳に届いた。歓声の方へと視線をやると、自慢げな笑みを浮かべて、これでもかというほどに腕をルーカスに絡めたリズ嬢が視界に入る。ルーカスパートナーとしていかに自分がふさわしいのかをみせつけているようにみえた。
リズ嬢の顔をはっきりと見たのはこれが初めてだ。長く波うつ美しい赤髪に赤い瞳、目鼻立ちもくっきりとしていて、いわゆる美人である事は遠目でもわかった。赤いドレスに身をくるみ、ルーカスのネクタイやジャケットと色味を一致させている。
お似合いの二人、と思うのはフリージアだけではないようで、二人の周りには
フリージアはため息をついた。帝国のことなどフリージアには関係のないことだ、考えなければいい。
バーデン伯爵の挨拶で幕を開けた庭園ティーパーティは、ティーパーティとはいうものの、酒類も提供される。食事やお菓子に夢中な人や、政治や経済について論じる人、花嫁候補探しなど様々な思惑の中、皆とにかく忙しそうが、至る所で笑いの花が咲き、盛り上がりを見せている。
フリージアはトレーにドリンクを乗せ、グラスが空になっている招待客へ声をかけたり、空になったコップを集めたりしながら、各々の交わしている会話に耳を傾ける。
『ここ二十年程で、軽く一万人は失踪している。これはしっかりと調査すべきではないか』
『失踪しているといっても、平民のさらに貧民だろう。そういった
『しかし最近では至って普通の人がと突然失踪しているとも聞く。この件が噂になれば、国民は不安に思うのではないだろうか』
『私は先日陛下にその件を進言したんだが、陛下は……』
国民の失踪、先日の図書館正門前での出来事を思い出す。
続きを聞きたいと思ったが、ドリンクが欲しいと声をかけられ、その場を離れることになってしまった。
ここで交わされているのは、ほとんど関係のない話だえれど、『本』を探すという目的に近づく情報はないだろうかとフリージアは招待客の会話を注意深く聞いて回る。
そうしてドリンクを配り終えたころ、今度は焼きあがったばかりのカゴに入ったスコーンを会場に配るよう指示された。
女性客や若い招待客に配るようにとのことだったので、女性や若者、そして子供が多いエリアを歩いていると、遠目にルーカス・バーデンが目に入った。
こんなにたくさんの人がいても、整った顔が目立つから、すぐに見つけてしまう。ルーカスは同年代の男女数人の輪の中にいた。フリージアはさりげなくその集団に近づいた。輪の中にいる令嬢は、誰に向けたものかはわからないけれど、あざとい笑顔を浮かべている。
ルーカスはこちらをちらりと見たが、話しかけてはこなかった。それはそうだ、立場が違うのだから。
――もし自分がアリアとしてではなくフリージアとしてルーカスに出会えれば、どんな関係性を築けたのだろうか?
そんな考えが頭をよぎったが、すぐに無駄だと
リズ嬢がルーカスをグループから誘い出すのが見えた。ルーカスがいなくなったところを見計らって、そのグループの声が聞こえる距離まで近づいた。
「リズ様は本当にルーカス様にご
「実は君もルーカス狙いなのか?」
「そりゃ、あんな性格も顔も良いお方はそうそういませんもの。狙っていない令嬢なんていませんよ」
「なんだよ。ルーカスが誰か特定の人を決めないと、俺らにはチャンスすらないって感じだな……あいつには早めに婚約者を決めてもらわないと」
「ルーカス様はどうお考えなのかしら?」
「ルーカスの奴はあまり自分の事に興味がなさそうだからな……家のためとかいって、親に言われた通りの相手と結婚するんじゃないか」
「であればリズ様で決まりですわね。侯爵家ですし。侯爵様もルーカス様を大層気に入っているというお話を聞きましたわ」
「まぁ時間の問題か……」
「でも……最近ある噂を聞きましたの、なんでも図書……」
「あっねぇそこのあなた、私にそのスコーンくださる?」
別のグループにいた女性から声をかけられた。
「もちろんでございます」
フリージアは声をかけてきた令嬢に花柄のナプキンにくるまれたスコーンを渡す。
視線をあげると、また遠目にルーカスが見える。視界に入るルーカスはいつも通り貴公子の笑みを浮かべ、リズ嬢は時折ボディータッチを織り交ぜながら、楽しそうに話をしている。
フリージアにも、もちろんアリアにも一切関係のないことだ。一切。しかし心が疼く。フリージアは意のままにならない自分の心に嫌気がさした。
だいぶ日が傾き始め、木に括りつけられたキャンドルには火が灯され、庭園は幻想的な雰囲気に包まれた。そろそろティーパーティもお開きという雰囲気である。フリージアは空になったグラスやお皿の回収でバタバタとしている。ヒールのある靴で忙しなく動き回った結果、足がもげそうに痛く、早く家に帰ってベッドに飛び込みたい。
「あぁ、そこの君、もう酒はないのかぁ?」
首元の蝶ネクタイが緩み、顔を赤らめた中年の大柄男性招待客がフリージアの肩を抱いた。酒類が提供されているとはいえ、このような公式の場でいったいどれほどのお酒を飲んだのか。お父様もお兄様もお酒は好んでいたが、酒は飲むものであり飲まれている男は紳士ではないとよく言っていた。この男性は完全に飲まれている。
「お酒は……」
肩に回された手をすぐに払いたいが、こちらに非がなくとも相手は貴族である。下手な行動はできない。
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