第三章 庭園ティーパーティー

3ー① パーテイーの準備

 太陽と名がつく国だからか、庭園ティーパーティで雨が降ったことは記録にないらしい。


 今年も例外ではなく、雲の合間に青空が顔を見せ、心地良い日差しが庭園に降り注いでいる。


 今年の庭園ティーパーティのテーマカラーは赤だ。図書館の三個の建物の中央に位置する庭園には赤い花やキャンドルで華やかに彩られたテーブルが百以上並び、宝石のようなケーキや軽食が並ぶ。木には赤色リボンと陽が傾き始めたら灯す予定のキャンドルが吊るされている。


 この一週間、図書館の職員は通常業務と並行して、この庭園に装飾を施した。フリージアは改めて壮美に彩られた会場に感心した。月の国は光で装飾を行うため、リボンやキャンドルを使った装飾は新鮮だ。


「アリアさん」


 真紅のテーブルナプキンを王冠の形にし、皿の上にセッティングする作業に集中していたフリージアは、急に名前を呼ばれたので、驚いて声の方へ顔を向けた。


 瞬間、思わずハッとした。


 黒いジャケットに落ち着いた赤のネクタイを締めているルーカスは、いつもは下ろしている前髪を左右に分けて、きちんとスタイリングしている。


 以前ノア先輩が、普段と違う一面、ギャップと言うのは意中の相手を落とすのには必要だとかいっていたけれど、それがこういうことなのだと思った。正装姿のルーカスはいつも以上に王子様、物語の主人公のようだ。


「私の顔に何かついていますか?」

「え?」

「いえ、急に見つめられたので……」


 フリージアは慌ててテーブルに向き直し、再びテーブルナプキンの王冠づくりを始めた。最悪だ、確かに見惚れてしまっていたけれど、恥ずかしい。


「なんでもありません。名前を呼んだのはルーカス様ではないですか」


 顔が熱い。


「確かにそうですね。それにしても、皆さまのおかげで、本当にきれいに仕上がりました」


 ルーカスとはあの図書館正門前の事件の後、一度だけ話をした。

 返却された本を棚に直す作業をしていたところに、声をかけられたのだ。人のあまり来ない棚なのに、よくアリアを見つけたものだと思った。


「先日は大丈夫でしたか?」

 その日のルーカスは元気がないように感じた。

 図書館正門の事件は、いったい何だったのか、エリーとも話をしたが、答えは出ていない。


 ただあの時の黒炎は、皇帝が祝祭の日に使っていたものと同じだと感じた。

 あの日、あの場所には皇帝がいた、そんな気がしている。


 皇帝が国民を殺した? その疑念が心に浮かび、でも王が国民に手をかける、そんなことが本当にありえるのかとも悶々もんもんと考えていた。


「えぇ、全然大丈夫です。ルーカス様は……」

「結局私はあの男性を助けることができませんでした」


 ルーカスは苦しげな表情で言った。犯人に対する悔恨かいこんの言葉なんて、必要ないととがめる人もいるだろうに、ルーカスはそれが当たり前のことように話す。


「仕方のないことでした」

「ですが、私は私にできること、すべきことがもっとあったような気がするのです。恵まれた立場にいるのですから。いつもそれを考えているのですが、上手くいかないことも多くて」


 ルーカスがそんなことを思っているのは意外だったけれど、フリージアにもわかる気がした。

 すべきことがあって、でも上手くいかない。力になりたいのに、実力が伴わない。もっと強くなりたい、お兄様のように、お父様のように、そうして焦るのに、もどかしく思うのに、すぐにフラフラして。


「私もです。やるべきことがあっても、上手くはできないことばかりです。どうしたらよいかわからなくて、本当にできるのか不安になって」


 『本』を探す。黒魔法を封印する。それは本当にできるのか、失敗したら? 最悪の事態になったら? 月の国の国民になんてお詫びをしたら良いのか。


「でも、一歩ずつ全力で進まないといけないのです。できることは大きくなくても、失敗しても、一歩ずつ全力で、本気で」


 持っている本をさらに強く握りしめる。まるで自分に言い聞かせているようだ。言い聞かせながら自問自答をくりかえす。全力でできている? 本当に?


「アリアさんは強いのですね」

「えっ?」

「私ももっと頑張らないといけないと思いました」


 ルーカスのその表情が苦しそうで悲しげで、はっきりと脳裏に焼き付いている。



 その日以来図書館にルーカスが来ているのは見かけたが、いつも忙しそうで話しかけることはできなかった。




「そういえば、先日ご相談していた妹への誕生日プレゼントですが、教えていただいた『妖精のお姫様』を贈ったところ、大層気に入ったようで。本当にアリアさんのおっしゃる通りにして良かったです」


 今日のルーカスは、いつもの調子に戻っているように見えたので安心した。


「本当ですか? 良かった。気にしていたのです。あの日以来お話することができませんでしたから」

「ティーパーティの準備が思った以上に大変でして。本当はアリアさんと話したかったのですが」


 話したかった。ルーカスがそう思ってくれていることに嬉しさを覚えた。


 最近はルーカスと話す時間を楽しみにしてしまっている。図書館でルーカスがいないか無意識で探してしまう。でもそのことが苦しい。これ以上はルーカスに近づいてはいけないと、常に脳の中で自分の声が警鐘けいしょうを鳴らしているのだ。


「妹もやはり王子が妖精セレネにプロポーズをするシーンが気に入ったようでして、何度も実演させられたのですよ」

「ルーカス様が実演したのなら、まるで本物のようだったでしょうね」

「そんなことは決して……」

「あの絵本の王子様は物腰が柔らかくて、見た目もルーカス様に似ていますし」

「アリアさんもあの絵本の王子が好きだったのですか?」

「それは女の子なら誰でも」

「アリアさんも好きだったのなら悪い気はしませんね」


 フリージアは手の動きをとめた。手元ではちょうど形がいびつな王冠のナプキンが出来あがろうとしていた。

 どう返答しようかと困っていたところ、どこかからティーパーティーの主催者であるルーカスを呼ぶ声が聞こえたのでホッとした。


 ルーカスはいつも風のようだ。突然やって来て、フリージアの心を乱して去っていく。フリージアは手元のいびつな形に出来上がったテーブルナプキンを元の四角い布に戻してため息をついた。


 ルーカスに振り回されている。気が付かないようにしているだけで、本当は気がついている。


 長テーブル向こう側で図書館の職員と話しているルーカスを見つめる。

 自分で自分の心を制御できないのは、居心地が悪い。




 強い視線を感じたので、顔をあげると、ロミ先輩、ミーナ先輩、ノア先輩の三人がニヤニヤとした表情を浮かべて立っていた。最悪だ。三人はニヤニヤしながらフリージアに近づいてきた。


「みんなの準備が心配で早めに来てみたら、いいものが見られたというか、アリア、ねぇ最近ルーカス様とよく話しているのを見かけていたから気になってはいたのだけど、いつそんなに仲良くなったの?」


 庭園ティーパーティの参加者であるロミ先輩はオレンジ色のドレスに身を包み、髪の毛にはオレンジのカチューシャと花をつけ、華やかだ。さすがは男爵令嬢、普段とは雰囲気が違って綺麗だ。


「えーと……」

「言い逃れはできませんよ。目の前で見てしまったのですから。詳しく教えてください」


 ノア先輩はドリンクバー担当のはずなのになぜここに?


「私は、貴族はやめた方がいいと助言したつもりだったのだけれど。でも、この手の恋愛相談なら私が一番適任だと思うわよ」


 ミーナ先輩まで、なぜここにうまいこと居合わせているの?


「先輩方、こんなところでサボっていていいのですか?」

「私は参加者だし、サボっているわけじゃないわ」


 ロミ先輩は仕方がない。


「私達は既に与えられた仕事は終わらせたのよ」

 

 結局三人の追及が厳しいので、フリージアは、ルーカスとの出会いから今までについて、洗いざらい話す羽目になった。もちろん丘の上で会ったことは除いて。先輩方はきゃっきゃと楽しげに聞いていた。

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