2ー⑤ マカロンと絵本

「アリアさん、帝都でおいしいと話題のマカロンのお店に行きましたので、お土産にと思いまして」


 休憩で庭園のベンチでパンを食べていると、急に話しかけられたので、ドッキリとした。


「すごい、宝石みたい」


 ルーカスが目の前で色とりどりのマカロンが入った透明な箱を見せたので、ついつい嬉しくなる。


「アリアさんは甘いものを見ると目が輝きますね」


 ルーカスはアリアに話しかける時、いつも甘い物を持ってくる。餌付けされているみたいだけれど、お菓子に罪はない。


「……そんなことは、ないですよ」

「そうですか……ではこれは見なかったことに……」

「いえ、せっかくなので是非に」


 フリージアは慌てて透明な箱を手に取った。

 ルーカスは声を出して笑った。


 ルーカスは庭園パーティの準備のために、頻繁に図書館にやってきてはフリージアに声をかけていくようになった。

 最初は警戒していたけれど、話す内容はいつもたわいもないもので、例えばおすすめの本やお菓子がなにかなど。だからといって安心してはいけないのだけれど、ルーカスと話す時間は楽しくて気を許してしまっている自覚がある。


「実は今日はお伺いしたいことがあるのです」

「なんでしょう?」


 ルーカスがかしこまって言うので、マカロンの箱を傍に置き、背筋を正す。


「えぇ、あの妹の誕生日プレゼントでして……」

「誕生日プレゼント?」

「はい。六歳になるのです。両親も私も甘やかして育ててしまいまして、ドレスやおもちゃと、欲しいものは何でも買い与えてきましたので、特別な贈り物となると何を送ったら良いのか迷ってしまって。それで、アリアさんになにかアドバイスを貰えないかと……」

「アドバイス……ですか」

「アリアさんが今までもらって嬉しかったものとかでいいんです」


 フリージアはお父様やお兄様からもらった歴代のプレゼントを思い返していた。月の金細工の髪飾りに、お母様の形見の踊り子衣装と額飾り、専用図書館や別荘地への家族旅行……。平民アリアとしてのアドバイスを求められているのだから、参考になりそうにない。


 ふとずっと大切にしていた絵本の事を思い出した。それはお母様からの三歳の時の誕生日プレゼントだったと聞いたことがある。小さい頃からずっと、何度も何度も読み返して大切にしていたものだ。


「絵本……」

「えっ?」

「あっいや、『妖精のお姫様』という絵本があるんです。私その絵本が大好きで……」

「絵本ですか。可愛らしくて良いですね。本であれば文字の練習にもなりますし」


 ルーカスは顎に手を当てて、考えをまとめている。

「ですが六歳だと、絵本では子供っぽすぎるかもしれません……」

「アリアさんはいくつまでその絵本を読んでいたのですか?」

「私は……えっと……」


 王宮で暮らしていた一年前までたまに絵本を開いていた。それほどにお気に入りだったし、絵本を開くと幼い頃の懐かしい気持ちが蘇るようで、そんな時間が好きだった。そんなことを言ったら、子供っぽいと思われるだろうか?


「えっと、私は……とても好きな絵本だったので、大きくなってもたまに開いていました」

「じゃあ、きっと大丈夫ですね」

「私の場合は……ですけど」


 ルーカスの妹が絵本なんて子供っぽいと気に入らなかったとしたらどうしようかと思ったけれど、根拠はないけれど、なんとなく大丈夫な気がした。

「読み聞かせてあげるときっと喜ぶと思います」

「読み聞かせ……ですか。それはなんだか恥ずかしいですね」

「プレゼントもそうですが、そうやって一緒に過ごす時がまた良いのですよ」


 フリージアはプロポーズシーンの実演をしてほしいと何度もお願いしたことを思い出す。お父様は寝る前によく絵本を読み聞かせてくれた。いつも一番好きな王子様のプロポーズシーンより前に眠ってしまうので、お父様の口からプロポーズのセリフを聞けることはなかったのだけど。


「アリアさんは、きっと素敵な家族がおられるのですね」

「え?」

「とても幸せそうな顔をしてお話されていたので」


 自分では、いったい自分がどんな表情をしていたのかはわからない。ただ、ルーカス言葉に、家族という失ったものを思い出して、急に寂しいという感情が溢れ出てくる。最近は哀しさも寂しさも封印できていたのに、それでも喪失の感情はそっと鳴りを潜めているだけで、決してなくなることなんてないのだ。


「ルーカス様はとても妹君を大切にされているのですね。私にもあに……いや、姉がいるのですが、とても仲良しで」

「お姉様がいらっしゃるのですね。アリアさんが妹っていうのはなんとなくわかります」

「えっ? そうですか?」

「えぇ、反応が素直で、妹と接している感じがします」

「妹さんは六歳でしょう? それに私たちは同い年だと……」


 ルーカスはとは同い年の一八歳だということがわかった。同じくらいだろうと思ってはいたけれど、本当に同じだと知って親近感が湧いた。


「あっ、絵本の最後のシーンは王子様がプロポーズするシーンなのですが、きっとルーカス様が実演すれば喜ばれると思いますよ」

「それは読み聞かせどころではなく恥ずかしい思いをしそうですね」


 ルーカスは絵本の王子様にそっくりだとフリージアは思っている。そんなルーカスがプロポーズのシーンを演じる姿は、きっと絵本を実写にした美しい絵のようになることだろう。


「それにしてもルーカス様は妹君と歳が離れていらっしゃるのですね」

「えっ? あっあぁ。現伯爵夫人は後妻でして……」


 余計な事を聞いてしまったのだろうか。妙に歯切れの悪い言い方は少しだけ気になった。


 その時、突如として、図書館の正門前から大きな声とバンと何かが爆発する音が聞こえた。

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