幻の偏見

紅瑠璃~kururi

彼女の立場

 全く新しい世界にちょっとだけ踏み込んだような気分だった。


 それは、配送時間の変更をお願いするためにネット通販の会社に電話した時のことだった。

 いつものことで、まずはメールアドレスやなんだかんだと質問される。そのため、なかなか本題に入れない。その上、うまく聞き取ってもらえず、何度も言い直しているうちに少しずつこちらの答え方がぞんざいになっているのがわかった。これもいつものことだ。


 電話の向こうで応対する若い女性の姿を思い浮かべる。

 メールアドレスの綴りを何度も聞き返し、必死にメモを取っている様子が垣間見えた。

 すまなさそうに「もう一度お願いします」という声に、私の不貞腐れ具合がさらに増す。同時に不思議なイメージのようなものが閃いた。


 突然、私はその女性の立場に立っていたのである。


 電話の相手を怒らせるまいとへりくだり、それでも仕事をきちんとしようと何度も確認を取らざるを得ない辛さ。


 「外国の方ですか?」私は何も考えることなく、そんな失礼ともいえる質問を発していた。

 一瞬、息をのんだ後、

 「申し訳ありません」と女性が謝罪する。自分の発音、聞き取りの能力を指摘されたと思ったのだろう。

 …そういうつもりじゃないのよ。

 「がんばってるなぁ、と思ったの」


 電話口で「うっ」というほとんど聞き取れない悲鳴のような声が聞こえた。

 私は、泣かせてしまったかな?と少し反省して

 「日本語って、ニュアンスとか難しいのに」となだめるように付け加えた。


 私は、再び女性の立場でイメージを描いた。

 少しばかり高飛車な態度をとられていた相手から当然厳しい指摘があるだろうと身構えていたのに、思いもよらない言葉をかけられた。一度に気がゆるむとともに涙が出てしまった。けれども、仕事中に泣いてはいられない…


 そして、彼女は一連の作業を終えると、

 「寒くなりますので、お身体に気をつけてください」と言い、私は、

 「ありがとう」と精いっぱいのいたわりの言葉に答えた。


 結局、思い通りの時間指定はできなかったものの、システム上やむを得ないのだろう。彼女の真摯な対応もあり、特に不満心もなく諦めることができたのだった。



 その夜、例の宅配便が届いた。翌日は家を留守にしているため、翌々日に届くと伝えられた荷物だった。


 彼女が手間のかかるマニュアルで操作し、手配してくれたのだろうか。実際のところはわからないが、そう思うことにした。


 今日もわれない偏見の中でがんばっているのかな。大げさかもしれないけれど、そんな風に思い、顔も知らないその女性が、どこかでパソコンに向かって懸命に働いている様子を少しだけ想像した。

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