第16話 無条件で

 奥の部屋に通されると、そこは薄暗く――奇妙な飾りが多く見られる部屋だった。

 エレシアとアルティの視線先には、ソファに腰掛けた老婆が一人。


「わしに聞きたいことがあるらしいね」


 ベナ・オズワール――商会長を務めると共に、この町の一つの勢力を束ねる人物でもある。

 年齢はすでに七十を超えているそうだが、未だに現役で本人が抗争の場に立つこともあるという。

 指には大きめの宝石がついた指輪が目立ち、ローブのようにゆったりとした服に身を包んだベナは――アルティを睨んだ。


「ふん、騎士を連れているとは聞いたが、今更騎士の真似事をしているのかい?」

「真似事っていうか、復帰したのよ。ちょっと立場は違うけどね」

「復帰? ハッハッ、面白いことを言うね……。それで、殺人事件の話だって?」

「ええ、そう。実はこの町に逃げ込んだらしい男がいるから、そいつを捜してるの」

「わざわざ王都からご苦労なことだね。たかが殺人事件で」

「たかが殺人……?」


 ベナの言葉に反応したのはアルティだった。

 彼女からすれば、当然――そんな発言は許せないのだろう。


「この町じゃ珍しくもないよ。まあ、そういう奴らは大抵――とっくに死んだことになっているような連中ばかりだからね。事件になるようなこともないだろうさ――で、わざわざわしのところに聞きに来た理由は?」


 当然、そこは聞いてくるだろうとエレシアも予想していた。

 ――少なくとも、ベナがアルティの調査している事件に関わってる可能性は否定できない。

 何せ、彼女はこの町でもかなりの支配力を持っている。

 それこそ、情報屋に気付かれないように――人間を匿うことくらい訳ないだろう。


「それはもちろん、あなたの顔が広いからに決まっているでしょ? そういう情報の一つや二つ、耳にしているんじゃないかって。角の生えた大男なんだけど」


 エレシアはさらりと言ってのける。

 おそらくは、ベナも気付いている――ここに来た理由は、情報を聞くだけではない。

 ベナがこの件に関わっていないかどうかを確認する意味合いもある。

 エレシアの言葉を受けて、ベナはソファに腰を掛けたままに、小さく溜め息を吐く。


「……はぁ、仮に知ってたとしても、タダで情報を教えるわけはない――分かってるだろうね?」

「お金ならあるけど」

「金なんざ、わしも腐るほど持ってるよ。そうだね、あんたの腕だけはわしも認めてるから――たとえば、抗争があった時に無条件でうちに協力する、なんていうのはどうだい?」


 抗争に協力――エレシアが今までやってきた仕事の多くは用心棒であり、撃退の方がどちらかと言えば多い。

 だが、争いに協力するとなれば、いよいよを以てどこかの勢力に所属する、という状態になってしまう。

 そうなると、エレシアがこの町で暮らすのにやや不便になることも増えるのだが。


「ま、一回だけならいいわよ」

「エレシアさん、何を――」


 エレシアはすぐに、アルティが口を挟もうとするのを止める。


「あなたは黙っていなさい」

「……しかし、抗争に協力というのは、騎士の立場として認めるわけにはいきません」

「そうは言っても、情報を得るにはしょうがないでしょ」

「それがメリットになる情報か分からないではないですか」

「――そうとも限らないわよ」


 アルティの言葉を否定して、エレシアはベナに向き直る。


「話し合いは終わったかい? まったく……人前でいちいち相談するんじゃないよ」

「悪いわね、この子とはまだ組んだばかりなの。一回だけならって約束でどう?」

「……まあ、情報一つであんたを雇えるならこっちとしてはむしろ得だからね。約束は必ず守ってもらうよ?」

「もちろん。それで、あなたの持っている情報は?」

「角の生えた大男――そいつはつい先日、この近くでうちの奴が出くわしたよ」

「! どこでですか!?」


 アルティが食い気味に問いかけると、ベナは眉を顰めた。


「急かすんじゃないよ。夜に若者同士の喧嘩があったらしくてね。一人が角の生えた大男に叩かれて、今は治療中らしい。町医者のベックのところさ」


 町医者のベック――町医者と言っても、どちらかと言えば闇医者と呼ぶ方が正しいだろう。

 エレシアも彼のことは知っている。

 やはり、ベナに聞いて正解だったようだ。


「さすが、何でも耳が早いわね」

「ふんっ、こんなでも情報は情報――タダ働きも期待してるよ」

「はいはい。じゃあ、次の場所に行きましょ」


 エレシアはそう言ってアルティを連れて行こうとする――だが、アルティはまた不服そうな表情を浮かべていた。


「アルティちゃん?」

「……情報を得るために、エレシアさんがこの町の抗争に巻き込まれることを、私は騎士として認めることはできないと言ったはずです」

「あー、その話は一先ず外で、ね?」

「この町のこともろくに知らない小娘が口出す話じゃないさ」

「……っ、協力には感謝します。ですが、エレシアさんに抗争の協力はさせませんので。失礼致します」


 アルティはそう言って一礼すると、足早に部屋から出ていく。

 エレシアもばつの悪そうな表情を浮かべながら、その後を追って行った。

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