第8話 いつでも私と
アルティを連れてやってきたのは、エレシアがよく利用する宿だ。
安全面で言えば、正直この町にいる限り保証できるものではないが――人の出入りなどの自由度が高く、重宝している。
アルティには空き部屋を一つ取ってもらい、しばらくはここを行動拠点として使う。
「――さて、一先ずは協力はするけれど……犯人について分かっていることはさっき聞いたことくらいよね?」
「そうですね。この辺りでもかなり目立つとは思いますが……」
「まあ、大柄な男だけながらそこそこいるのよね。用心棒とかで強く見せるのに体格って役立つから」
「魔族的な特徴を持つ方を見かけたりは?」
「そういうのは隠すもの。私もそうだけれど」
「! すみません、軽率なことを」
「? ああ、別に今更気にしないわよ。人前でひけらかすことじゃないってだけの話だから」
エレシアが淫魔であることを隠している――だから、あまり触れない方がいいと考えたのだろう。
「隠してはいるけれど、あなたにはもう話したもの。人前で言わないようにしてくれたらそでいいわ」
「それは心得ています」
「じゃあ、話を戻すけど――魔族らしい特徴を持つ人間はこの辺りでも見かけたことはないわね。言っても、町全体で言えばそれなりにはいるかもしれないけれど」
それこそ、エレシアのように流れつく者は少なくはないだろう。
王都で事件を起こして、ここに逃げ込んだ――だが、違和感はある。
「その犯人、王都で五人を殺して逃走したのよね? 一度に五人殺したとは思っていないけれど」
「五人以上です――ただし、ターゲットを思しき人物が五人ですね。いずれも襲撃を受け殺害。護衛として就いていた私兵や、駆けつけた騎士も含めればもっと犠牲者は多いかと」
「そこまで数えていたら相当数ってことね。殺されたのは――貴族?」
「……はい。狙われたのはいずれも貴族です。被害者の共通点はその通りなのですが、逆に言えば――それ以上の共通点は今のところ確認できていません」
「そういうのって、たとえば何らかの派閥に所属しているものだとは思うけれど」
「そうですね。王都の勢力図で言えばやはり政治的に派閥が存在しておりますが、被害者はそれぞれ派閥で言えば別でした。つまり、どこかの派閥に対する宣戦布告だとか、陥れる目的ではないと思われます」
「単純に考えるとそうね。仮に派閥に対する攻撃だったとしても、自分の派閥の人間を殺すのはリスクが大きすぎる――ただ、無差別というわけではない」
エレシアは腰掛けた椅子の背もたれに身体を預け、天井を見上げる。
――やはり、現状では情報が少なすぎる。
アルティは一先ず、エレシアに協力を求めるためにやってきた。
現状、魔族と思しき犯人――『人狩り』が無差別に貴族を狙った殺人事件、ということだ。
ただ、そこまでやった上でこの町に逃走してきた、というのが気になっている。
(……貴族の私兵だって、それこそ腕の立つ人間を雇っているでしょうに。一人か二人、殺された時点で――警戒は一層強まったはず。その上で五人の殺害して、最後はこの町に握る意味は? 目的を達成した、ということ?)
「あの、エレシアさん?」
「あ、ごめんね。こういう風に色々考えるのも久しぶりだから。やっぱり、手っ取り早い方法は犯人を見つけることでしょうけれど」
「はい。エレシアさんはこの町に詳しいでしょうし、犯人の情報が得られればと思っています」
「人並み程度だけどね。情報屋みたいなのとは知り合いだから、まずはそこから当たって――!」
エレシアがそこまで言ったところで、立ち上がる。
「どうかされましたか?」
「……誰か知らないけど、真っすぐこの部屋に向かってきてる」
「!」
迷うことなく、エレシアの部屋に向かってくる――気配を隠すこともない。
先ほどのアルティの一件もあり、エレシアの警戒心は強まっていた。
入口の扉には一応、鍵をかけているが――ガチャガチャと音を鳴らすと、なんとそのまま扉が開く。
先手必勝――エレシアはその人物の動きを止めようとしたが、
「はぁい、エレシア! 元気ぃ? 少し予約の時間より早いけど来ちゃったっ」
――目の前に姿を現したのは、随分とはだけた服装の女性だった。
それこそ、娼館にでもいるような様相であるが、エレシアは彼女のことをよく知っている。
「……エレシアさん、その方は?」
「あー、えっと――」
「あら、もう一人いたの? 仕事関係の人? それとも、三人でするつもり?」
「三人で……?」
「悪いけれど、今取り込み中だから――後にしてくれる?」
「えー? せっかく来たのにぃ。わたしは別に三人でやってもいいのよ? 料金もサービスしてあげ――」
「いいから、一回出なさい!」
バンッとエレシアは扉を閉め、再び鍵をかける。
ちらりと振り返ると、アルティは表情も変えずに口を開く。
「今の方はお友達ですか?」
「まあ、そんなところ?」
「友達なのに、料金を取るんですか?」
「うっ、それは……」
アルティは冷静に、問い詰めるような口調で続けた。
「先ほどの女性の服装――似たような方は、この町で見かけました。娼館の近くで。それで、お友達と何をする予定だったんですか?」
「……はあ、そんなに気になるなら答えてあげるけど。まあ、すでにあなたも知っている通り――私は淫魔なの。だから、たまに娼館に行ったり、こういう宿に来てもらったり、必要な魔力吸引を行っているってわけ」
わざわざ説明すると、気まずいものだ――早い話が、金を払って淫魔として必要なことをしているわけだから。
アルティは少し考え込むような仕草をした後に、
「そういうことでしたか。なら、これからはわざわざお金を払ってする必要はありません」
「? それはどういう……?」
「おかしなことを。必要であれば、いつでも私とすればいいではないですか」
――アルティはまたしても、迷わずにそんなことを口にした。
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