第7話 想像以上
――先に動いたのはエレシアだった。
文字通り、その場から姿を消したのだ。
アルティは驚きに目を見開くが、かろうじて――その姿を追うことはできた。
最初に倒されたのは、アルティの背後にいた三人。
「ぐあっ!?」
苦しむような声を上げて、気付けば三人が斬られていた。
エレシアはすでに剣を抜いている――身体からバチバチと雷が音を立てる。
エレシアの魔力が雷に変換されたものであり、それは身体に纏っているだけではなく、自らの身体の中を走っているのだ。
エレシアが得意とするのは雷の魔法――これを身体強化に応用するには技術がいる。
弱すぎては効果を得られず、強すぎれば肉体にダメージを受ける。
絶妙な魔力コントロールが必要となるのだ。
そんな技術を、エレシアは戦いながら実用化している――紛れもなく、彼女が実力者である証拠だった。
「まずは三人――」
エレシアはそのまま、地面を蹴って跳び上がる。
狭い路地の中、アルティの傍を通らずに移動するには、上を行く必要がある。
壁を蹴りながら、エレシアは高速で次の敵の下へと向かった。
建物の屋上に四人――正確に言えば、違う建物に二人ずつ。
着地と同時に、二人の背後を取る。
先ほど倒した連中もそうだが、自らの顔を隠すようにフードを目深に被り、仮面や包帯で覆っている。
――それなりに手練れではあるのだろう。
実際、ある程度近づかれるまでは、エレシアはその気配に気付くことができなかったのだから。
だが、レベルの違いは明らかだった。
背後に立たれ、振り返った頃にはそこにエレシアの姿はない。
一閃――直剣による一撃によって、二人が倒れた。
その状況を見て、即座に一人がエレシアへと向かう。
もう一人は援護のつもりか――手から燃え盛る炎を生み出した。
エレシアは向かってきた一人を無視して、後方に控えていた炎の魔法を使おうとしていたもう一つへと向かう。
「!」
いきなり目の前にエレシアが現れ、驚きながらも炎の魔法を繰り出した――だが、エレシアはそれをかわすと、簡単に敵を斬り伏せる。
呆気に取られた様子だったのは、残された一人だ。
ほんの数秒で、共にいた仲間が全滅したのだから。
「今度はすぐに来ないのね」
「……っ」
エレシアに言われ、残された一人は動揺した様子を見せる。
そのまま、エレシアは続けた。
「残るのはあなただけ――残念だけれど、レベルが違うの。でも、あなたを一人残した理由は、分かるわよね?」
エレシアはそう問いかける。
否――これはただ問いかけているだけではなく、警告だ。
圧倒的な強さを見せつけた上で、それでもなお挑むのであれば、同じ目に遭うということ。
そして、このまま戻って――アルティを狙う真似をするな、と伝えろという意味だ。
彼らはアルティをつけ狙っていた刺客――エレシアが彼女の傍にいて、協力するという意思表示にもなる。
刺客は何も答えなかったが、エレシアの前から姿を消した。
それを見て、エレシアはアルティの下へと戻る。
「お待たせ。どう? 私の実力はあなたの想像通りかしら?」
「……想像以上です。私も十分に強くなったつもりでしたが……」
「あなたの実力は、まあ今後見させてもらうことにして、今日のところは一緒に行動しておいた方がよさそうね」
エレシアの取った宿にアルティを連れていくのが無難か――そんなことを考えていると、
「先ほどの人達は、殺したのですか?」
アルティがそう問いかけてきた。
「ん、殺してはいないわ。向こうは殺す気でも、ここらだと下手に殺すのは面倒事になるのよね」
「なら、良かったです。騎士という立場上、たとえ相手に殺意があったとしても、簡単に相手を斬り殺すことは容認できませんので」
「模範的ね。でも、ここでは通用しないこともあるから、気を付けなさいよ?」
「それは……心得ています」
一応、騎士としてはエレシアの方が先輩だ――アルティに対しても、教えられることはある。
エレシアが牽制した以上、よほどのことがない限りは、アルティがもう一度狙われることはないだろう。
「ただ、一つだけよろしいでしょうか」
アルティはそう言うと、エレシアの前に立つ。
その表情は決意に満ちていた。
「私も騎士ですから、自分の身は自分で守れますので」
「私の助けは必要ないって? そういう意味なら――言ったでしょ? 今のは私の実力を見せただけだって。次は、あなたの活躍を期待しているわ」
「はい、そうさせてもらいます」
――こうして、引退したはずの元騎士と、そんな彼女に憧れて騎士になった少女のバディは誕生した。
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