第9話 試す分には

「いや、私とすればいいって……」


 エレシアは言葉を濁しながら、視線を逸らす。

 ――確かに、当てつけのように言ったのは違いない。

 だが、エレシアとしてはアルティの本心を理解した上で協力する道を選んだつもりだった。

 さらに言えば、自分に憧れて騎士になったような少女に対して、『そういう行為』をするのはエレシアとしては憚れるものがある。

 それくらいの感性については、今も持ち合わせているつもりだ。


「魔力吸引はエレシアさんにとって必要なことなんですよね? 私としては、その条件と引き換えに『準騎士』として捜査に協力いただいている認識です」

「別に、魔力吸引はアルティちゃんからする必要はないのよ」

「ですが、魔力吸引は必要なことですよね?」

「まあ、そうなんだけど……」


 アルティに押し切られるような形で、認めるしかなかった。


「でも、別に死ぬわけでもないし、私がベストコンディションでいられるかどうかの問題なだけであって――」

「ベストコンディションでいてもらわなければ困ります」


 アルティはエレシアに迫り、言葉を遮って言い放った。

 ――正しいのはアルティであるが、アルティに対して魔力吸引を行うのは間違っている。

 無論、最初に無理やり行ったのはエレシアの方であるが、加減はしているし、彼女を分からせるつもりでやっただけのことだ。

 ――なのに、いつの間にか立場も逆転してしまっているような気がする。


「一先ず席に戻りましょう。話の続きはそれからで」


 アルティに促されて、エレシアも再び席に着く。


「では、エレシアさんとの『準騎士』の契約につきましてですが……魔力吸引に関しましては、私から行うという認識でよかったですか?」

「私から言い出したことではあるんだけど……アルティちゃんは騎士でしょ? 私が魔力吸引したことで戦えなくなったらどうするわけ?」

「魔力量には自信があるとお答えしたはずですが。それに、それくらいのことで戦えなくなるほど、やわな鍛え方をしているつもりもありません」


 アルティはきっぱりと言い切った。

 よほど自信のある物言いで、エレシア思わずむっとした表情を見せる。

 ――とはいえ、魔力吸引で分からせる作戦はすでに失敗してしまっている。

 どうしたものかと悩んでいると、


「では、こうしましょう」


 不意に、アルティが切り出す。


「先ほど加減した、と言っていましたが、普段アルティさんが行ってる魔力吸引――これを私にしてください。それに問題なく耐えれば、契約内容については……私から魔力吸引を行う、ということでいかがでしょうか?」

「それってつまり、もう一度キスをしろ、っていうこと?」

「そうですね。手で触れ合うだけ、で可能なことではないですよね」

「……まあ、そうね」


 アルティの言うことも一理ある。

 実際、先ほどここにやってきた女性は――エレシアがお金を払って魔力吸引を依頼しているのだ。

 無論、それ以外の『お楽しみ』がないと言えば嘘になるが、一緒に行動を共にするアルティから行えるのであれば、エレシアが助かるのは事実。

 それと同時に、アルティに主導権を握られつつあるエレシアとしては、ここで一度立場を確立しておきたいところはあった。


「そこまであなた言うのなら……試す分には構わないわよ」


 エレシアも、アルティの誘いに乗る決意を固めた。

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