第4話 好きな時にいつでも

「――」


 突然のことで驚いたのか、アルティは少し身体を震わせる。

 だが、唇を奪ってもまだ抵抗する様子は見せなかった。

 むしろ逆――受け入れるような素振りに、エレシアは若干の違和感を覚える。

 それでも、口づけを交わしてしまった以上は、このまま続けるしかない。

 舌を滑り込ませ、絡ませるように――おそらく、アルティが経験したことがないもの。

 本来は、こんなことを無理やりされたら突き飛ばされてもおかしくはない。

 エレシアは別にそれでもよかった――のだが、


「ん……っ」


 艶めかしい吐息が漏れるような、可愛らしい声。

 こんな声を聞いてしまうと、もっと欲しくなってしまう。

 エレリアのアルティを押さえつける力が強くなり、彼女がわずかにバランスを崩したところで――ようやく唇を離した。


「あ……」


 わずかに赤色に染まった頬に、名残惜しそうな声――分からせるつもりでキスをしたはずなのに、アルティが見せた真面目な雰囲気とのギャップに、思わず吞まれそうになってしまう。

 だが、違う――ただ無理やり口づけをしたかったわけではないのだ。


「今みたいなこと、私と一緒にいるならしないといけないのよ」

「……それは口づけのこと、ですか? 貴女の言う『えっちなこと』なのですか?」


 呼吸を整え、アルティはそんな風に問いかけてきた。

 口づけ――その程度のことで、というような態度だ。

 無理やりされても、まるで気にも留めていない、といった様子。

 むしろ、エレシアの方が驚かされてしまう。


「……普通は嫌がるものなのよ?」

「そういうものですか。私としては、口づけで協力していただけるのならいくらでも、と思いますが」

「……あのね、言っておくけれど、加減してるからね?」

「それはつまり、もっと激しい口づけもあると?」


 そういう意味に捉えられるか、とエレシアは思わず頭を抱えてしまった。


「あー、もう! そうじゃなくて! 私はね、淫魔サキュバスの血が流れているの! 分かる!? 魔族よ、魔族!」


 半ば投げやりに、エレシアは言い放った。

 魔族――その一つとされるのが淫魔である。

 かつて、人族と魔族は争っていた、と言われている。

 ただ、歴史上にそう記されている程度で、実際にどのようになっていたか、などは伝承でしか残されていない。

 結果としては、人族と魔族の戦いは人族の勝利に終わった。

 現代においては人族という言い方もせずに、人間という呼び方が一般的になっている。

 だが、現代にも魔族の生き残りは存在している。

 正確に言えば、その血が残っていると言うべきか。

 純潔の魔族が存在するか定かではないが、混血は今でも少なからず存在していて、土地や地域によっては迫害の対象になっている。

 だから、魔族としての血が覚醒しても、隠す者がほどんとだ――姿は人間なのだから、バレずに暮らせる者もいる。

 けれど、エレシアのように名の知れた騎士になってしまうと、話は別だ。

 ――エレシア自身、淫魔であるという事実を知らなかったのだが。


「淫魔――魔族、それが騎士団を追いやられた原因である、と」

「まあ、そういうことね。詳しく話すこともでないけれど、結果的には騎士団を抜けて、私はここで身分を隠して生活してるってわけ。今の口づけだって、ただ唇を奪ったわけじゃない。あなたの魔力だって、それなりには減っているはずよ?」


 アルティは気付いていない様子だが、これは淫魔としての能力の一つだ。

 魔力吸引ドレイン――口づけだけでなく、ある行為によっても可能となり、自らの力の糧とする。

 純潔の淫魔にとっては、この魔力吸引が生きていく上では必須らしいが、エレシアはあくまで混血。

 生きていくために必須ではないが、自身の体調などに大きく影響してくる部分がある。

 だから、金を払って他人から魔力をもらっている。

 男性からではなく、女性から――それは、エレシア自身の望みでもあった。


「つまり、それが原因で騎士団から追い出され、貴女はこんなところで生活することを余儀なくされている、と」

「まあ、ここで暮らしているのは私が勝手に選んだだけだけど……」


 何故か少し怒ったような雰囲気を見せるアルティ。


「――それで、交換条件としては口づけによる魔力吸引が正確には必要、ということでよろしいですか?」

「えっ、そ、そうね。正確に言うと、そういうことになるわ。結構、人に頼むのだってバカにならないし、淫魔だってバレるリスクもあるし」

「淫魔であることがバレるリスクがあると言うのなら、私に話してよかったことなのですか?」

「それは――そう言えば、さっさと帰ると思ったからよ。別に、騎士団でも一部の人は知ってるから」

「そうですか。残念ですが――私は帰りません」

「……は?」

「キスによる魔力吸引が必要なら、好きな時にいつでもどうぞ。私――魔力量には自信がありますし、体力にも自信があります。それがネックとなっているのなら、気にしていただく必要はありませんので」


 そう言って、アルティはエレシアの前に立って、はっきりと言い放つ。


「これで交換条件は成立しますよね。私と契約していただけますか?」


 ――全く、退く気配などなかった。

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