第3話 無抵抗なら
エレシアはアルティを連れて、人通りのない路地裏へと入り込んだ。
しばらくして足を止めると、追手来ている者がいないか確認する。
「姿も見えないし、気配もなし――ふぅ、一先ず大丈夫そうね」
「何故、あの場から逃げる必要が?」
アルティは不思議そうな表情を浮かべて、エレシアに問いかける。
エレシアは小さく溜め息を吐きながら、
「あそこは私のお気に入りの酒場なのよ。そこで一悶着起こして出禁になったらどうするのって話――あ、飲んでたお酒のお代払ってない……。まあ、あれくらいならツケで何とかなるか。とにかく、あそこで下手な揉め事は起こしたくないってこと」
「……なるほど、それは申し訳ありませんでした」
エレシアの言葉を受けて、礼儀正しくアルティは頭を下げる。
「……というか、いきなりあんな風に相手を手首捻って相手を蹴り飛ばしたりするとは思わなかったわ」
「この辺りは治安が悪いと聞いておりましたので、身を守るためには自分の実力を見せつけるのが一番かと」
「……まあ、間違ってない対応ね。ただ、恨みは買うから気を付けた方がいいわよ」
「……はい、注意します」
何故か分からないが、アルティはエレシアの言葉には素直に従っているように見える。
その方が助かるのは違いないが。
「それで、先ほどの交換条件についてですが」
アルティが再び話を戻した。
そう、乱闘騒ぎでうやむやになりそうだったが、彼女には協力を要請されていたのだ。
「あー、『準騎士』だっけ? それになれって話?」
「はい。代わりの条件として、私がエレシアさんとえっちなことをする、ということでよろしいですか?」
――アルティは真面目な騎士には違いないだろうが、どこか天然といえばいいのだろうか。
提案しておいて人のことを言えた義理ではないが、何の抵抗もなく言えることには正直エレシアの方が驚かされる。
「あのね……少なくとも『準騎士』が試験的な制度だとしても、そんな交換条件――通るはずがないでしょう」
「エレシアさんと私の間で交わした密約、という形であれば問題ないかとは思います。仰る通り、『準騎士』の制度は試験的なものですので、逆に言えば協力いただくための見返りは何を要求されるか、ということも想定の一つとしなければなりません」
「……それはつまり、えっちなことを要求される可能性もある、って報告書に書くってこと?」
「否定はしません――が、私とエレシアさんの間での密約、ということであれば、条件については秘匿し代替案を報告書に記載することになります」
それは本来、騎士としては許される行為ではない――だが、時と場合によっては方便として許される。
エレシアは騎士だった頃には、そういう裏取引のようなことをした経験はある。
ただ、エレシアとしてはそういったことを踏まえた上でも、気にすべきことがあった。
「そういうやり方があることは否定しないけれど……あなたの意思は?」
「私の意思、ですか?」
「そうよ。見ず知らずの相手に、あなたから協力を要請したとしても――えっちなことをしよう、なんて提案されて、それを受け入れるなんて」
「……? 提案をなされたのはエレシアさんですが」
「いや、そうなんだけどね? 私が言えた義理ではないんだけれどね? そこはいったん置いておくとして……あなたはそれでいいのかって話」
「私は構いません。……見ず知らず、というわけでもないので」
「ん、私のことを知ってるってこと?」
「それは――もちろんです。貴女はかつて、王国騎士団においては『剣姫』と呼ばれたほどの人物。騎士団を引退なさった後でも、貴女の名を口にする騎士は多いですよ」
「あー、そう。できれば忘れてほしいけど」
アルティの言葉を聞いて、エレシアはばつが悪そうな表情を浮かべて言い放った。
「それは、貴女が騎士団を引退した理由が関わっていることですか?」
「引退した、っていうのは聞こえがいい表の理由。言ったでしょ? 私は追い出されたも同然だって」
「その追い出されたという理由については、お聞きしても?」
「別に話してもいいけど……早い話、私が掲示した交換条件が理由なのよね」
「?」
アルティは首を傾げた――エレシアはアルティの手首を掴むと、そのまま路地の壁に背を着けるような形で追いやる。
少し驚いた表情を浮かべていたが、アルティは特に抵抗する様子を見せない。
――ここまで無抵抗なら、いっそ身体で分からせた方がいいのかもしれない。
エレシアはそのまま、アルティに口づけを交わした。
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