第5話 特別に
――正直に言ってしまえば、エレシアにとっては悪くない話である。
『準騎士』という制度は聞く限りでは騎士と同じ裁量権を持つ仕事であり、元々騎士でもあったエレシアにとっては前提知識だって十分にある。
その上、エレシアが淫魔であるという事実も受け入れる、と言っているのだから。
ただ、そうなってくるとエレシアには気がかりなこともあった。
(……どうにも、違和感あるのよね。私のこと、知ってる感じがするけど)
正直に言えば、エレシアに見覚えはない。
おそらく、エレシアが騎士団を抜けた後にアルティは騎士になっているだろうし――年齢差だってそれなりにあるだろう。
「エレシアさんにとって悪い提案ではないと思いますが」
「……そうね。悪いとは思わない。でも、やっぱり気になることがあるのよね」
「何でしょう」
「あなた、私のこと知ってるわよね?」
「それはお答えしたはずです。貴女は王国騎士団においては――」
「そういう模範的な回答じゃなくて、私とあなたって面識があるかってこと」
エレシアが問いかけると、アルティはわずかに眉を顰めた。
「面識……ですか。そういう意味だと、エレシアさんは私のことを覚えていらっしゃいますか?」
逆に、アルティからそんな問いかけをされた。
この聞き方から察するに、やはりエレシアとアルティは顔を合わせたことがあるのだろう。
おそらくは、エレシアが騎士だった頃――じっと、アルティの顔を見据える。
「……」
「……」
「…………」
「…………」
――長い静寂。
エレシアはふっ、と小さく笑みを浮かべる。
「なるほど、全部思い出したわ」
「! 本当ですか!」
若干食い気味に、アルティはエレシアへと迫った。
その反応に押され、エレシアは視線を逸らす。
「……エレシアさん、嘘を吐いていますね?」
「なっ、ど、どうして?」
「態度を見れば分かります。……まあ、エレシアさんは覚えていなくても仕方がないと思います。私はただ、貴女に助けられただけですので」
「……助けられた?」
「はい。きっと、そういう人はたくさんいますよ。騎士だった頃の貴女に救われ、私は騎士になることを目指しました。そして今――騎士として、ここにいるんです」
アルティはそのまま、言葉を続けた。
「――エレシア・フェイレスさん、私は騎士になって、貴女と共に仕事をしてみたいとずっと夢見ていました。だから、こうして貴女を迎えに来たんです。この答えで満足いただけますか?」
嘘偽りのない、真っすぐな答えだった。
つまりは、アルティは過去にエレシアが助けた少女の一人であり、騎士になってエレシアの前に姿を見せたということだ。
そう言われて、初めてエレシアの脳裏にも過去の記憶が蘇ってくる。
騎士として多くの人々を助けてきたが――八年ほど前だったか、彼女の面影に似た少女を助けた記憶が確かにある。
「……確か人攫いだったかしら、身代金目的の」
「! そう、そうです。その時に助けていただいた、アルティ・エンバーです」
エンバー家は確か、貴族の家柄だ。
確かに、エレシアは過去にアルティと出会っている。
決して多く言葉を交わしたわけではないが、事実――エレシアはアルティを救っているのだ。
(私に憧れて騎士に――まあ、そういう子もいるかもしれないわね。私みたいなのに、ね)
そう考えると、少し申し訳ない気持ちにもなる。
だって――エレシアは今、騎士とはむしろ反対に位置するような、仕事ばかりしているからだ。
人のためではなく、己のためだけに生きている。
だが、かつてエレシアが騎士になったのも、人の役に立ちたいという気持ちが、確かにあったからだ。
「……正直言えば、私はもう騎士という立場に未練はないと思ってるの。だから、今更『準騎士』っていう立場に興味があるか、と言われたら微妙なところね」
「そう、ですか」
「でも、ここにあなたがいるのも、私に責任がないわけじゃないとも言えるわね。私にもメリットがあるのは確かだし。だから――この話、特別に引き受けてあげる」
「! あ、ありがとうございますっ」
アルティは深く頭を下げた。
あまり感情を表に出すタイプではないように見えたが、本当に喜んでいるようで――顔を上げるとその表情には嬉しさがこみあげているのが分かる。
逆に、そこまで喜ばれるとエレシアとしては少し気恥ずかしい。
「では、エレシアさんには『準騎士』になっていただき、私と共に仕事をしていただきます。それで、引き受けていただける条件についてなのですが」
「あー、まあ人並みにお金がもらえたらそれでいいわ」
「いえ、もちろん仕事に対する報酬はお支払い致しますが……もう一つの条件についてです」
「……条件?」
「キスによる魔力吸引は必要なんですよね? どの程度の頻度で必要なのか確認しておきたくて。それと、一応の確認ですが……えっちなことは必要ではないですか?」
「――」
何となく、いい話にまとまったようで、エレシア自身も忘れていた。
この仕事を引き受けるための交換条件を、だ。
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