第6話


用意された唐丸駕籠に揺られながら、紗季は行く末をぼんやりと案じていた。雨露をしのぐことができぬこの駕籠を黒の紙を顔から垂らした大男が息を吐くことなく担いでいる。



雨、雨、雨。嫌なことが起こる日はいつだって雨だった。父の訃報を聞いた日も、母の病状が悪化した日も、息絶えた日も。悔しくて血を吐くほど泣くのを我慢した。無力な己があまりにも不甲斐なくて何度自ら命を絶って仕舞えばと思ったのだろう。



その度にアヤの顔と丹色の顔が浮かんで、彼らを悲しませることなんて小心者の紗季にはできなかった。だからどれだけ母様に酷い折檻をされようとも、父様に嫌味を言われようとも、麻里香に影で殴られようとも我慢できたのだ。



雨。横降りの。



壁がないこの駕籠では防げないので大人しく水を浴びた。黒い髪が顔に張り付いて不快感を煽る。振り払おうとして左手を挙げると、そこには四つ編みの金銀糸が巻かれていた。これは丹色が都へ出かけた際のお土産としていただいた物だ。特別な術がかけられていて、一度だけどんな妖からでも身を守ることができるとか。


 でももう必要ない。生きていても帰る場所すらないのだ。


アヤは山へ行く直前に父様に呼び出されていた。彼女は随分と年老いたので人並みに働くことはできないので、良くて解雇悪くて処刑だ。もう家に帰っても誰もいないから。




 山頂に向かうにつれて気温が低くなり、意識がぼんやりと遠のく。濡れた体ではまともな思考が取れずに風景が変わっていくのを脳みそのどこかで感知するのみだった。


錆びた灯篭が嵐の世界を淡く照らした。次第に雨音が弱まって妖気が強まってきたのを肌で感じる。


 紗季は全くと言っていいほど妖に耐性がないので途端に酔いが回ってきた。力の強い妖には離れた関係のない人間にも影響を及ぼすほどの妖力を持つものがいる。紗季の父は狐を完全に使役していたので平気だったが、この山には人も妖も拒絶する鬼の住む山だ。咽せ返る程の妖気に眩暈がする。




「紗季様、ご無事でしょうか」




 後ろの大男がそんな様子の紗季を心配して声をかけるも、返事をすることすらできず薄く頷くだけだった。




「霧の先に見えるものが山頂の狭霧神社で御座います。暫しお待ちくださいませ」




 男の声は父に似ていた。優しく、紗季を心から案ずる声がそっくりだった。それに酷く安心してゆっくり意識が飛んでいく。眠るように、母と父に挟まれて、子守唄を聴きながら笑ったあの夜の様に……












「………お着きしました。紗季様」

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落ちこぼれと黒鬼 (株)剛田のアサイー @takeshi1010

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