第6話 再び春…そしてBAR KING

結局SUは内定を取り下げなかった。ただ、地方の勤務を命じられた。一時の時の人として雑誌に載ってしまった俺を採用してくれたのは感謝して就職することにした。

卒業制作も提出し、引っ越しや手続き、それに4月からは地方での勤務になるので、入社までの間で本社での研修なども行われ、毎日忙しくしていた。


それでも、夜になり一人の部屋に帰ると無性に寂しくなった。

佳音かいた部屋はいつも明るくて、好きな香りがしていた。

今のこの部屋は時が止まっている。


佳音とは、あの冬の雪の日以来、あっていないし連絡もない。

風の便りで聞いた話で、3月からウイーンに音楽留学をすること、日本には5年は戻らない事を知った。

CDデビューは断ったらしい。その件についてはかなりもめていると週刊誌の報道で知った。


彼女とは進む道が違いすぎたんだ。彼女が悪いわけではないし、そして俺も待つことはできなかった。

そう、俺たちは別々の道を選んでいく。


それでも、もしかしたらまたこの部屋に彼女が現れるかもしれないと、毎日部屋の電気をつけて待っていた。

でも、佳音は戻ってこなかった。


残された面影も、少しずつ色を薄めていく。でも、佳音のぬくもり、佳音の匂い、佳音の声…脳裏に焼き付いていて、それだけが離れない。


でも、もうその部屋も引っ越しで引き払わなくてはならない。

俺も、ここからそろそろ立ち上がらないとだめだな。

もうすぐここも、いつかのところに

まだ、思いは踏み切れない。でも、しょうがない。

どんどん荷物が箱に積まれていく部屋を見て、俺は新しい日々への第一歩を踏み出そうとしていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「と、こんな感じだな。」

俺が、話し終わると、岸くんがウルウルした目で俺を見ていった。

「なんか、俺切なくなっちゃったじゃんか」

「なんで岸くんが泣いてんのよ。もう俺には終わった恋愛だし、彼女はウイーンでこの前結婚したらしいよ。」

半泣きの岸くんがびっくりした顔をした。

「え?お前今は連絡とってるの?」

「いや、連絡は取ってないよ。ほら、KAnーNONってボーカリスト知らない?クラッシックからポップまで幅広く活躍してる女性ボーカリスト」

「あの、去年あたりからめちゃくちゃ人気の?」

「うん、彼女が本名、氷室佳音。先日、向うのミュージシャンと結婚したってネットニュースで見たんだ。」

そう、佳音はウイーンにわたり、数年後向うで世界配信した楽曲が話題になり、一躍トップボーカリストに登り詰めた。

そして先日電撃的な結婚発表をして、世間を驚かせていた。

「そっか。」

「ほら、そんな寂しい顔しないの!!俺は、紫音や岸くんもいるし、今は実家の仕事と紫音のお守りと、それに少しずつ映像の仕事もフリーランスだけどもらえるようになってきたからね。

そりゃ、だれか傍にいてほしいと思うことはあるけど、今はそんな余裕ないよ。」


そう、俺にはここに家族みたいな仲間が大勢いる。

就職してからもいろいろあった。SUに就職して、一年で本社に呼び戻された。人員が大幅に減ったからという理由だった。

その理由の一端は、SU自体のブラック体質だった。

その会社のブラック体質と奇妙なめぐりあわせで紫音とも出会うことになった。

紫音に一度言われたことがある。


「正解の道を選ぶのではなく、自分が選んだ道を正解にする、それが人生だ。」


紫音や岸くんは俺にとっての道しるべでもあるし、ともに歩く同行者でもあるし、この二人に出会えたことがそもそも俺の人生を正解にしているのかもしれない。


「お前さー、何ニヤニヤこっち見てんだよ。気持ちわりいな。」

紫音が俺の顔を見て言った。

「あ、迅が考えてることあてようか?…んとね、紫音のケーキが食べたい!!」

岸君が俺に満面の笑みを向けて言った。

「・・・ぷっ!!それ、岸君が食べたいんでしょ!俺、岸君みたいに食い意地張ってませんよ!!」

「あーわかったわかった!!岸くんも素直に言えよ!

昼間に仕込んだケーキあるから、それ食べようぜ!!」


うん、この二人に出会えたこと。それが俺の人生の正解だ。

そして、


この世界で幸せを願うとしたら、それはきみだけだから

Be happy forever







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さくら舞い散る KPenguin5 (筆吟🐧) @Aipenguin

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