第7話
ここまで
君の顔を見れぬのが、残念でならない。所詮は遺書であるがゆえ、仕方のないことではあるが。君に宛たって何よりだ。
私は滔々と、己の薄っぺらい人生を、この薄っぺらい紙にしたためて来た。
振り返ってみれば、なんともまあ炎と失望で彩られたつまらぬ生であることよ。
法と掟に失望し、真実にも失望し、神とやらにも失望をした。
つまり私は、ただただ人というものに失望するために生まれたのである。
案外、悲しいとは思わない。死の決意を前にして、焦りもない。この旅籠から見える景色の、透き通った青空と萌える山々のように涼やかな風が吹く。
風が私の火傷を撫でる。何度も火を放ってきたが、火傷をしたのは初めてだ。
友よ、私は死のうと思う。ラヂオで天皇陛下とやらが、長々と我が国家の敗北を告げ、生きよと我らに命じた手前ではあるが。
晴れた秋こそ、死ぬに相応しい日和。死に方も既に決めている。
ここまで読んだ例をしよう。旅籠の女将に財布を預けた。
大した額ではないのだが、戦争が幕を下ろしたこの先、少しでも君が生きる糧となれば幸いだ。
最後にこんな施しをするのがおかしいか。ああ、まったくだ。君もまた、私が失望し続けた、人であるのだろうから。
けれどもまあ、君は余人とは異なっていて、誰もが目もくれず、ただ踏みつけにするだけのこの紙切れを読み漁った人である。
それだけで、希望を得るには充分である。君とは二度と、会わぬのだから。
ついでというわけではないが、友よ、頼みがひとつある。
この手記を、燃やしてほしい。石の上で火をつけて、一片残さず灰にしてくれ。
周囲に決して燃え移るようなことはしないでくれれば、それで充分だ。
私は失望を抱いて、炎に身をやつす。これもまた、そうしてくれると幸いだ。
さらばだ、友よ。顔も知らぬ、いるかもわからぬ、我が失望を拭った者よ。
<了>
炎上手稿~或る失望~ よるめく @Yorumeku
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