第6話 シュロム宮廷護衛団

アツリュウはシュロム宮廷護衛団に配属され、セウヤ殿下の専属護衛官となった。


 この国には兵団が3つある。現王グイドが指揮する『国軍』と『ビャクオム近衛兵団』、そして『シュロム王の近衛兵団』。


 ヒルディルド国で陛下とお呼びしていいのは、現王のビャクオム・グイド陛下1人。

 陛下はビャクオム近衛兵士団に護衛されている。

 

 シュロム王といえど、ハリーヤ様は殿下と呼ばれる。ハリーヤ殿下は、シュロム王としてシュロム王家専属の近衛兵団を持っている。


 アツリュウが所属しているのは、シュロム王家専属のシュロム近衛兵団である。


 セウヤ第2王子殿下、リエリー王女殿下、そしてシュロム王ハリーヤ殿下。この3殿下をシュロム宮廷護衛団がお守りしている。


 それにしても、アツリュウが突然放り込まれたシュロム宮廷護衛団は恐ろしい場所である。


 最も恐ろしいのは、シュロム宮廷護衛団長ブリョウ・シンライガ。


 見上げる長身、真っすぐな黒髪を後ろに束ねている、漆黒の瞳の涼やかな切れ長のアーモンドの目。あの目を細めるだけで、ご令嬢たちの魂を抜いていくらしい。ものすごい色気で、年齢を問わずご婦人、ご令嬢に人気があることは噂に知っていた。


 26歳と若いはずなのだが、年齢を超越ちょうえつしているというか、とにかく凄みがある。目の前にすると分かる。あの人はたぶん人間じゃない。彼とやり合ったら、絶対に殺られる。剣を交えて1手目で終わる気がする。


 涼やかな見目で、交渉事ではスラスラ人当たりよく喋るが、団員には基本無口。その無口が怖い。

 彼は、間違いなく狼の群れを統率する、たった1頭しかいない最強の狼。


 さらに、副団長セキレイド・スオウもしかり。

 29歳で見た目は剣士らしからぬ、書記官のような雰囲気。


 実際彼はシュロム宮廷護衛団の事務的な仕事を総括していて、机で書類を見ている時間が長い。だが一たび剣を持てば……何故ここで副団長に選ばれるのか、言うに及ばずだ。


 シンライガ団長が剣を持っている時を除けば、このスオウ副団長が自分にとっては一番恐ろしい人だ。あのブルーグレーの氷の瞳で見据えられると、ごめんなさいと訳もなく謝りたくなる。


 彼は、表情を全く崩さず、目線だけで部下に指示を送る。それが理解できない者は宮廷護衛官の資格が無いとみなされる。

 

 ここで自分は他の団員に、存在しない者のように扱われることもしばしばある。しかしスオウ副団長だけは、必要があれば話しかけてくれる。恐ろしい人だが、彼は非常に真面目で、合理的でないことを心底嫌うからだ。


 他にも続々、シュロム宮廷護衛団は恐ろしいほどの精鋭ぞろい。


 士官学校の同期からすれば、シュロム近衛兵団の頂点、花形の一員になれたら、夢のように嬉しいのだろうが、それは普通に入団した場合だ。


 アツリュウは全方位360度から、本気の殺気を向けられている気分だ。

 若い新人を、厳しいながらも優しく育てるなどというそんな雰囲気は全くない。


 唯一、少し気が抜ける人物が、自分の直属の上司である第3班のトモバラ班長。班長は隙だらけな雰囲気で、分かりやすく虐めてくる。


 でも、彼は剣術はそこそこだが、情報を収集するという意味で、団になくてはならない人らしい。ここに無駄な人材は一人もいない、そんな隙をシンライガ団長はつくらない。


 そこに、俺のような虫が飛んできて、セウヤ殿下の最も近い場所に立っている。

 そりゃあ、全員でどうやって叩きつぶすかと怒りを隠しもせずに、睨らんでくる気持ちも分かる。

  

「いつ、姫様を見せてくれるのかなあ」

 大きなため息をついて、窓の外の青空を見る。

 

 セウヤ殿下の執務室の近く、他の団員が交代で使う控室で、アツリュウは昼食をとっている。

 食べなきゃやってられない、こんな疲れる仕事。


 そもそも皆様は交代で食べているのに、自分だけ休憩無し。

 精鋭集団はいじめ方が分かりやすい。陰口は無い、彼らが要求してくるのはただ一つ、任務以外の場では「俺の視界に入るな」だそうだ。


 しかし「3階から飛び降りろ」事件から、ここで昼食休憩ができるようになった。


 班長に昼飯を食べるなら、殿下の執務室から遠い場所にある、兵舎のさらに3階に行けと申し付けられていたが、あの一件から皆様と同じ控室に入れるようになったのだ。


 それにしても、セウヤ殿下の人使いはあまりに酷い。


 日中の殿下の執務が済めば、自分も任務が終わるのだと思っていた。

 しかし、公私まとめて、セウヤ殿下はとにかくアツリュウに車椅子を押させたいらしい。


 『水鳥の離宮』は、公務、迎賓げいひん催事さいじを行う東宮ひがしのみやと、シュロム王族の居住である西宮にしのみやに分かれている。


 護衛官の仕事は、日中東宮で働いたら、夕刻から西宮の当番と交代。昼と夜の2交代制だ。


 しかし、自分だけ、その連番から外れている。セウヤ殿下の気分で彼に1日中付き添う。頼んでないのに、自分の宿直室がいつの間にか離宮に用意されていた。


「おい」と班長に呼ばれた。アツリュウはすぐに起立して直立。指示を受ける姿勢をとる。

「お前今日は、午後から空きだ」


 胸に突き刺さるその言葉。

 目を閉じ、その落胆に耐える。何故だ、今回もなのか。


 月に数回訪れる、この俺があからさまにがっかりして、打ちのめされる姿を見るのが、班長は好きらしい。


「……今回は……、どなたが?」

 知ったところで悔しいだけなのに、聞いてしまう。


 ああ、この班長の嬉しそうな顔。

 彼は「スオウ副団長が出るそうだ」と教えてくれた。


 これからセウヤ殿下は姫様に会いに別館にでかける。その時に限って、彼はアツリュウに車椅子を押させない。毎回置いていくのだ。


 お預けを喰らわされた犬。

 でも、いつかは姫様を見せてもらえるのではと、殿下から離れられない。

 俺の首には見えないくさりが付いて、セウヤ殿下は涼しい顔でそれを握っている。


 仕方がないので、明日のセウヤ殿下の警護に必要な知識を必死で頭に入れることにした。

 セウヤ殿下の車椅子を動かすということは、公務の場で、殿下がどう動くのかを事前に知っておかねばならないということ。後ろに立って控えている他の護衛官とは覚える内容が違うのだ。


 なんで俺ばかりがこんな重責を負わされるんだ……と愚痴を聞いてくれる相手もいない。


 本来は班長指示のもと、新人は手厚く指導を受け、他の団員と鍛錬などするのだろうが、自分だけ離れ小島に独り状態。セウヤ殿下の安全に関わることについては、伝達、指示が厳しくあるが、他は一人放置されていた。


 どうにもむしゃくしゃして、頭を使うことを諦め、一人で体を動かそうと鍛錬場に行くことにした。


 鍛錬場に向かう途中、スオウ副団長が全く隙のない物腰で、向こうから近づいて来くるのが見えた。

 新入りにとっては、雲の上のお方である副団長である。歩を止めて直立姿勢で待った。


 スオウ副団長はこれから姫様のいる別館に、セウヤ殿下の護衛で行かれるのか……

 羨ましい……


 彼は目の前で立ち止まった。いつもの恐怖の視線が、頭から足先までギロリと見て点検してくる。

「皆と一緒に鍛錬たんれんできるよう団長に進言しておいた。励みなさい」


 さらり、とスオウ副団長は告げるとすれ違い、去っていく。

 もしやこれはついに団員として認めてもらったのでは!


 嬉しさがこみ上げ「はい、精進しょうじんいたします!」とその背に言うと、彼はピタリと歩を止め振り返った。


「団長は本日、直々じきじきに君を指導するそうだ」


 ここに来て、初めてスオウ副団長に感情らしい表情が浮かんだのを見た。

 それは、気の毒になあ、という顔に見えた。

 

 戦慄せんりつとは、こういう体の状態なのかな……、と考えながら、スオウ副団長を見送った。

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