第25話 そして呑んだくれが出来上がる
いや、待てよ。
いくらなんでも設定が濃くなりすぎじゃないか⁉
「酒がないと日々の暮らしも困難である状況下にはありますが、もともと木を切ることが生業だったのでその仕事ぶりに間違いはありません」
ナグムは淡々と説明しているけれど。いや、マジ、ない。というか。
「神殿で必要とする薪を毎日納めることと引き換えに、その賃金として一日三食分の食事を含む飲食代を彼の希望する店へこちらが支払うこととなっています」
奉仕作業と引き換えに三食の保証は神殿の基本だからわかる。だけど、あいつは飲みたいだけ飲んでいる感じだったぞ。薪の納品だけでそれはおかしくないか?
「どうされましたか」
ナグムが顔を曇らせる。
俺の表情があからさまに訝しげになっていたのかもしれない。
「あ、ええと、確かにわたしの知る彼は……わたしの中で思い浮かぶ彼は、神殿で働くことで寝食を得ていましたが……木こりだとは思いもせず……」
本当に、全く。
「木こりではない、とは?」
さて。小説の設定とは大分違う。だけどそれはタイロンに限ったことじゃない。今更だ。言うべきか? 言わざるべきか?
逡巡しかけたが、それより早く、ナグムが答えを導き出したような顔になった。
「ふむ。先程、聖女様があの男の名を口にされたとき、洗礼名がありました。しかし彼は洗礼を受けておりません。成る程。女神レイネスからの預言では彼に洗礼名があった。と、そういうことなのですね」
俺は神妙にうなづいた。
女神の預言云々は毎回心に引っかかるけれど、まぁ、仕方ない。
「女神レイネスの預言とは少し相違があるように思いますが、彼が探していたタイロンで間違いはないようです。彼について、詳しく教えてもらえないでしょうか」
とにかくもっと詳しい状況が知りたい。
「先程も申し上げたとおり、タイロンは、神殿の庇護下となるずっと以前からこのタズムで木こりとして働いておりました」
ナグムは説明し始める。
四年前。行きつけの酒場へ仕事帰りに立ち寄った際、店員として働きはじめた彼女と出会ったのが二人の馴れ初めだった。タズムの住人同士、それまでに全く顔を合わせたこともないというわけではなかったが、特に親しくなるような接点もなく、それまでは、なんとなく顔を知っているくらいの関係だった。
彼女【エイミ】は酒場で働き出す以前から夫と二人タズムで暮らしていた。
タイロンと出会う半年程前のある日、一通の書簡が彼女の家に届く。夫の母が急病だという知らせだった。
夫の実家は遠く、身重とわかったばかりの彼女は徒歩の長い旅路に同行できないという判断で独りタズムに残る。
暫くは定期的な連絡の書簡も、夫が置いていった生活費もあったが魔物の出現が増えるにつれそれも減ってくる。彼女の両親は既に他界しており夫以外の親族家族も近くになく、頼れる者はいない。そして彼女は酒場で働きだす。
身重で酒場の仕事は傍目にも重労働。タイロンは何かと彼女を気にかけ助けるようになった。
子供も生まれ、半年、一年とたつが夫は帰ってこない。やがて書簡も全く届かなくなった。魔物が出るとはいえ、連絡が途絶えるほどの脅威ではない。夫の身に何かあったか、何かわけがあり離縁となるのかと彼女は悩んでいた。それをただ見ていられなかったタイロンは彼女を金銭的精神的に支え二人はそれまで以上に懇意となる。
ある日、育児と心労から、ついに彼女が倒れてしまった。そして彼女は神殿預かりの身となり、見習い神官として無理なく職務をこなしながら生活を始める。
生活するにあたっての心配はなくなったものの、彼女の心の落ち込みは大きく、タイロンは薪を神殿に届けがてら彼女を気にかけた。そして、彼の努力でエイミは少しずつ元気を取り戻す。
「エイミというその女性は既婚者だというお話でしたが、夫からの連絡が途絶えたとはいえ二人の距離が近すぎることを誰も咎めたりはしなかったのでしょうか?」
サイラスの質問は話の腰を折るようなタイミングだったかもしれない。でも、俺もそこは気になっていた。
「少なくとも、表立って反対の声はありませんでした」
ナグムは少し歯切れ悪く答える。
「むしろタイロンの行いに皆感謝しておりました」
感謝?
なんで?
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