第24話 斧使いのタイロン 2

「帰れ」


 タイロンが斧の柄を握った腕に力を込めたその瞬間。

 

「困ります! 困りますよぉ! タイロン様! それに神殿の方々も! 他のお客様のご迷惑になることは困ります!」 


 俺たちの間に割って入ったのは男性店員だった。さっきまで店内に姿はなかったが、カウンターの中から覗いている女子店員の様子からして、彼女に呼ばれて出てきたといったところだな。タイロンより少し若いくらいか。黒髪を後ろになでつけた割りばしみたいに細いその男はタイロンに新しく酒の器を握らせ座らせると、こちらを向いた。


「神官長様のお言いつけ通り、タイロン様にはお酒をお出ししておりますが。何かお困りのことでもございましたでしょうか?」


 お困りのこと……ないことはない……というか、むしろありすぎなくらいなんだけれど。


「おや、よく見ましたらお見掛けしないお顔でいらっしゃいますね。タズム外からお越しのお方々でしょうか?」


 俺とサイラスは顔を見合わせ頷いた。


「なるほど、状況の把握がおおよそできました」

 

 え。

 早いな! すごいな!


「申し遅れました。わたくし店長の【マシマ】と申します。このお方はちゃんとお代をいただいた上でお酒を楽しまれているお客様で間違いありませんので、何の問題もございません」

 

「いや……別に客であることを疑っているわけじゃなくて……」


「左様でございますか。で、ありましたら、わたくしどもの方からは何もございませんので、他のお客様にご迷惑になることだけはなさらないようにだけ、重ね重ねお願いいたします」


 あ、はい。


 慌てて店内を見渡すと他の客が不安げにこちらの様子をうかがっている。

 確かにこれは迷惑以外の何物でもない。

 咄嗟に謝罪の会釈を咄嗟に店中に振りまくと、皆ホッとした顔になってそれぞれの会話に戻っていった。

 

 満足した様子でマシマも店内を見渡している。

 

 しかし、何だ。あの有無を言わせない感じは。

 

 サイラスと顔を見合わせていると、マシマがクルリとこちらを向いた。必要以上のキレの良さに俺もサイラスも飛び上がるみたいに背筋が伸びる。

 

「それから、何かこのお方にご用がございますようでしたら神殿の方へお願いできますでしょうか?」


 早口でまくしたてる調子で言われ、勢いに流されるように俺とサイラスはコクコク首を縦に振った。


 マシマは満足そうにゆっくり会釈するとタイロンに向き直った。


「タイロン様、お約束をたがえられますとこちらでお酒はお出しできませんことを改めて……」


「まだ何もしちゃいねぇよ」


 めんどくさそうに店長にそう答えると脂っこそうな赤い前髪の下から俺たちを睨みつけた。


 おー、こわ。【まだ】、ね。

 はいはい。退散しますよ。【今のところは】、ね。

 

 早く店から出たくて仕方なかったらしいサイラスに半ば引きずられる勢いで、俺たちはそろって酒場を後にした。



 神殿へ戻る道すがら「だから言ったのに」「絶対に駄目だから」をエンドレスで繰り返すサイラスの小言を、頭を抱え込みたい気分で聞き流した。

 

 だって、あまりにも違いすぎる。ラトハノアへ来た瞬間から何もかもが違っているから今さらと言われればそれまでだけれど、今回はあまりにもひどい。

 

 筋書き通りであれば、ここから話はとんとんと進む。

 

 タイロンは寝食を賃金代わりに神殿からの魔物退治を請け負う戦士で、好戦的だが性格も明るく性根は悪くない。少し女好きなところがあって、主人公への同行を副神官が心配するけれど、その腕っぷしは確かで神官長が是非にと推す程。そして、出会ってそれほどたたないうちに神殿が勧めるまま割とすんなり仲間になってくれる頼もしい仲間だ。

 まぁ、そのすんなりは、ラトハノアでは珍しい黒髪黒目のアイシャを気に入ったのが理由で、あとでアイシャはかなり激しくアプローチされることになるんだけれどね。


 あれ? このアイシャは黒髪黒目じゃないな。その辺はどうなるんだろうか。

 まあ、それもこれも、筋書き通りなら、の話なんだよなぁ。

 


 

 神殿に戻ると待ち構えていたように神官長【ナグム】が聖堂にいた。

  

「タイロンはおりましたか」

 

「会うには会えました」


 ホッとしているような、それでいてまだ何か気がかりなことがあるような、なんとも言い難い表情でナグムは頷く。


 そんなに気になるなら一緒に来てくれたら話は早そうなのに。どうやら、あいつがあそこで飲んだくれているのはナグムの指示っぽいしな。


「酒場で聞いた様子では、彼があそこで飲酒することに神殿が関わっているように思えましたが」


 尋ねるとサイラスが慌てたように俺の袖を引いた。


「あまり立ち入ったことを聞くのは……」


「いいえ、疑問に思われるのも当然のことと思います」


 サイラスの言葉をナグムが遮る。


「確かに、あの者に酒を出すようお願いしているのはこの神殿です」


 ナグムは苦虫を噛み潰す顔で肯定した。

 サイラスが「そんな、まさか本当に」とかつぶやきながら目をひん剥いている。


 まぁ、とりあえず落ち着こう、サイラス。


 主人公は召喚前から存在する上に実年齢よりもだいぶ幼い外見の女の子だし、頼りの要になるはずのサイラスはずいぶん若い。タイロンに至っては逆にオッサンだよ。それも酔っ払い。これだけ裏切られているんだ。俺はどんな話が来てももう驚かないぞ。

 

「今、彼はこの神殿の庇護下にあります。酒に心を惑わされまともな生活を送るのが困難だったためそうなりました」


 ふむ。

 

「はじめは拒否をしておりましたが、飲酒のための賃金が得られると思いなおし、また、働くようになったのです」


 ふむふむ。思ったより真っ当だったな。


「今では神殿で必要とされる薪のほとんどを彼が賄っております」


 そりゃすごいな。




 ……って。


 え?



 まさかの木こり⁉  



「もともと愚直と言えるほどに真面目な男ではあったのです。故に、懇意にしていた女性に突然夫と共に去られた痛手に耐えられなかったのもそのためでしょう」


 そして女絡み⁉ それも相手は既婚者だって!?


 えええっ⁉


 えええええええっ!!?

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