第23話 斧使いのタイロン 1
「もしかして、サイラス。タイロンをもう見つけていた?」
「あの男は……あの男はだめです……」
「だから、何で?」
問いかけてもサイラスは顔をしかめて黙っている。話題にもしたくないという感じなのかな。
確かに、タイロンは元気がいいけれどガサツなところがあるし結構女好きだから、サイラスとはそもそもそんなに反りが合わない設定ではある。でも、そこまで嫌っているように書かなかったんだけれどなぁ。
というか、そんな毛嫌いするレベルに接触していたのか?
なんかこのあたりも元の話と違いすぎるな。どうしたものか。
「とにかく落ち着いて。口調もすっかり戻っているし」
「あ」
つい指摘するとサイラスは痛そうな顔になって、口を閉じる。
ごめん、わざわざ指摘するところじゃないんだろうけれどさ。
と、扉を打つ音が聞こえた。いかにも遠慮がちという感じの小さな音。
どうぞ、と声をかけるとこれまた遠慮がちに顔をのぞかせたのは、例の少年神官見習い。
思ったより早かったな!
「あの者の居場所を確認してまいりました」
「いた?」
「……はい」
「それじゃ案内してもらえるかな?」
「ええっ⁉」
そばかすの散った顔を強張らせ震えている。
もしかして、タイロンが怖い、のか?
「ごめん、行きたくないなら、場所を教えてくれるだけでも……」
「私が!」
遮ったのはサイラスだった。
「私が居場所を知っておりますので、ここまでで大丈夫です」
ええ!? 君、知っていたの???
「……もう、戻っても……?」
サイラスが頷くと、明らかにホッとした表情で使いの神官見習いは部屋から出ていった。
「私が一緒に行きます」
念を押すような口調。
もう、過保護だなぁ。
「居場所を知ってどうするつもりだったんで……の? あんなところは、あな……君が行くべき場所ではないのに」
それになんか口調を変えるように強要しているみたいでちょっと申し訳なくなってきたな……そのうち慣れるかな?
ん? あんなところって、どこだ? まぁ、行けばわかるのか。
「行くべきかどうかは自分で決めるよ。それに、一人じゃない。君がついてきてくれるって言ったしね」
ものすごく嫌そうな顔で、それでもサイラスは頷いた。
「当然。それが私の役目だからね」
タイロンがいつもいるという場所、案内された建物をみてサイラスを筆頭に神官たちがいい顔をしない理由が分かった。
案の定、入り口前で躊躇する様子でサイラスが立ち止まる。やっぱりここはあなたにふさわしくないとかなんとか口の中でモゴモゴ言っている。
「気にしなくていいよ。酒場に入るくらいどうってことないと思う」
ぎょっとするサイラス。
何でこの建物が酒場とわかるんだ、って顔に書いてある。
まぁ、【アイシャ】はそんなこと知らないしね。驚くよね。
建物と入口からチラチラ見えるだけの情報でわかるから。こう見えて、中身はおじさんだからね……
入店すると女子店員がこっちを見て目を見開く。
「神官見習いのお嬢さん。ここは大人がお酒を飲むお店ですよ」
知っています。
「人を探しているんです」
ざっと中を見渡す。
まだ夕暮れにも早い時間で客は多くない。
カウンターど真ん中は、大分飲んでいる風の二人組の爺さん。何やら話に花が咲いている様子。中年の1人飲みのおっさんは、すでに飲み潰れているのか一番隅の二人掛けテーブルに突っ伏している。その反対側、窓際の若い男四人組は、どう見ても肉体派とは程遠い体型。つい今しがた席についてメニューを見ているところという感じか。
女子店員はちらっとサイラスを見て納得顔でうなづく。
「それで今日は何度も神殿の方がいらしていたんですね!」
彼、サイラスも今日は二度目の来店ですよね。たぶん。すみません。お騒がせしています。
もう一度店内を見渡す。それらしい姿はやっぱり見当たらない。
タイミングが悪かったかな……
「どんな方です? お探しの方。何度も足を運ばれるということはまだ見つかっていないってことでしょう?」
何か言いたげにサイラスが口を開きかけ、閉じた。
「歳は二十歳前後くらいかな。名前は【タイロン】」
「タイロン⁉」
女子店員がひっくり返った叫び声を上げた。爺さんズ、若者達がギョッとした顔で振り返り、呑みつぶれかけのおっさんも飛び上がるように顔を上げる。
「そう、タイロン」
答えると、女子店員は自分の斜め後ろを指さす。
おっさんの胡乱な酔いどれ眼と視線がぶつかった。
いやいや、あなたに用はないですよ。
「タイロンは赤髪で……」
酒に淀んだ目にかかる赤髪……
「斧使いで……」
テーブルに立て掛けてある、あの太くて長い棒は皮が巻き付けてある。まるで斧の柄……?
いや!
いやいやいやいや!
違うな! タイロンはちょっと女癖が悪いけど陽気で気さくな青年だから!!
と、おっさんがぐらっと立ち上がった。
「おい。人のこと指さしてんじゃねぇよ」
瞬間的に女子店員の指がしおれるみたいにくにゃっと下を向いた。
「酒」
くぐもった声でおっさんが言う
「……」
「酒! 持って来いってのが聞こえねぇのかぁッ?」
「はいぃっ」
女子店員は震えながらカウンターの奥に引っ込んでいった。
「ええと、つかぬことをお聞きしますが……あなたが、タイロン……さん?」
まさか、ね。
「オレがタイロンならどうだっていうんだ」
否定しない⁉
「本当に……【タイロン・ラウ・クリム】?」
「ああん? 人を勝手に神に仕えさせんなよ」
嘘だろう……これが……タイロン?
俺が書いていたよりもずいぶん歳上で洗礼名がない。
でも、本人が否定しない以上、間違いなくタイロンなんだろう。
何でだ……どう見ても四十歳はいっている。明らかに酒におぼれてまともな生活を送れている様子はない。とてもじゃないが戦士として働けそうにない。まともな職もなく希望も見失いかけているアラフォー男に見える。
なんだかここに来る前の自分を見ているようで、なんとも言えない気持ちになるな。あ、いや、俺は酒に溺れてなんかいなかったけれどね!
「ここはテメェみたいなチビガキの来る場所じゃねぇ。さっさと帰れ」
「そ、そういうわけにはいかないんだ」
なんとしても筋書き通りタイロンを仲間に加えたい。元の通りに進めたいから。それが結末を書き上げるのに必要だと思うから。
「話を聞いてもらいたいんだ」
「帰れ帰れ」
タイロンは気だるげに追い払うしぐさをすると椅子にどっかり腰を下ろした。
「おい、ネェちゃん! 酒って言ってんだろうが!」
「はいぃっ」
大慌てで運ばれてきた酒を、満足そうに煽って深々と一息つく。
念のため……念のため、とりあえず、もう一度状況確認、したい。
「タイロン……さんは神殿の依頼を受ける仕事をしていたと思うんですが……洗礼名はないのはどうして……?」
「そんなもんあるわけねぇだろが。あのクソジジイの言う通り仕事をすりゃここで飲めるから、しかたなくやってやってんだ」
クソジジイって、もしかして神官長ナグムのことか? ガラが悪過ぎる。まぁ、でも一応神殿の依頼で魔物退治はやっているんだな。
さて、どうやら神殿嫌いっぽいこのタイロンをどうやって仲間に加えるか、だ。
「あの、タイロンさ……」
ああ、なんか言いにくいな。呼び捨てでいいか。小説でも呼びすてだったし。
「タイロン、よかったら話を聞いてくれないかな」
「よくねぇ」
え?
「さっさと帰れ。酒が不味くなる」
「ちょ、まって……」
「オレはなぁ。あの神殿の坊主共もキライだが、ガキはもっとキライなんだ」
えええっ。
「でも、取り敢えず話だけでも」
「帰れっていってんだろうが!」
ドロンとした目で凄むとタイロンはテーブルに立てかけてあった柄を握る。
ちょ、まって。それ斧なんだよね?
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