第22話 結果オーライ?
まさか本当に出てくるとは……
自分で呼び出したものなのに、にわかに信じられない。静かな高揚感に包まれながら、手の中にある短剣をまじまじと見た。
少し暗めの土色の皮鞘に納められている。艶のない漆黒の柄。飾り気のない古金色の鍔は柄を握る小さな手をぎりぎり守れるくらいの大きさでコンパクト。まるで、この小さなアイシャの手にあつらえた様な……
静寂の中に突然聞こえる衣擦れの音。振り返ると、神官長が膝をつき頭を垂れていた。額の前で両手を組む祈りの姿。
「ちょ……そんなことしなくていいから!」
それにサイラス! 君まで膝つくなよ!
急いで、二人を立たせた。
「やはり第七節の内容を知っていたのですね」
ため息交じりにサイラスがつぶやいた。
まただ。第七節。
「第七節に何かあるの?」
サイラスにそっと耳打ちする。せっかく聖女として認めてもらえたナグムにまた疑われたくない。
「内容はともかく、第七節のことは……アイシャも知っているでしょう?」
声を潜めサイラスがそう返す。
「いや、それがアイシャは何も知らないみたいで……」
途端にサイラスの視線が尖る。
「講義中に居眠りをしていましたからね……頻繁に」
「あ、いや、でも、それは俺……わたしじゃないし……」
「いいえ、あなたに問題があります」
は?
心外だ! それにやっぱり口調変わっているときあるよね? 今そうだよね!? それ、その他人行儀なやつ、【アイシャ】じゃなくて【佐藤亮(俺)】に言っているよね? 絶対!
「いや、ここに来る前の彼女の怠慢をわたしのせいにするのはどうなの!」
「たい……ま……あなたはこの世界のことが色々わかると言っていたでしょう! 知らないのはおかしくないですか!?」
まてまてまてまて!
「い、いや、知っていたからちゃんと【輝きの刃】が出てきたんだろう? それに、そこでそれを出してくる!? それを言うなら、勉強しっかりしているはずのサイラスが聞いてくること、おかしくない!? 知らないみたいな言い回しに聞こえたんだけれど!?」
「だから、それは……!!」
低い咳払いが響いて、俺たちは口を閉じた。
「お話し合いが大変に白熱しているようですが」
ナグムが薄く笑みを浮かべつつ低く言う。
しまった……いつの間にか声量マックスになっていたな。
「お二人がたった今お話していた通り、神々の詩第七節は存在するにも関わらず、その内容を正しく知る者はおりません」
俺とサイラスは黙って一瞬目交ぜ。
「はい」
俺たちを代表するみたいにサイラスが神妙な声で返事した。
「何故だかおわかりになりますか?」
「神々の詩が刻まれている最古の物と言われているのがケシュトナの聖石台座で、現在、各地神殿で使用されている聖典はその台座にある詩の写しといわれています」
サイラスは姿勢を正すとナグムの質問にスラスラと答える。ナグムは静かに頷いた。
「そしてケシュトナの聖石台座に刻まれる詩は第七節が欠損しており読むことができません」
「欠損?」
俺の質問に仕方ないなと言わんばかりの表情で頷いているけれどな、サイラス。しつこいようだが勉強しなかったのは俺じゃなくてアイシャだから。
「そのため、その内容について知るものが存在しないのです」
「その通りです。サイラス君」
なるほど。だから俺が何も持っていなくても不思議に思わなかったのか。
「で、誰も知らない筈なのに、わたしがその質問を受けて武器……【輝きの刃】について話をはじめたのでここへ連れてきた、というわけですね」
「はい」
「ルディア様が何を知っているかと問いかけていた意味がようやくわかりました」
納得顔でサイラスは頷いた。
確かに聞かれたな。あの時は単に現状確認としか思っていなかったけれど。そういうことだったのか。
「いや、でも、彼女だって第七節の内容は知らなかったわけだよね?」
「ルディアは確信を持っておりました。あなた様がこちらの聖石へたどり着けば、きっと、第七節、もしくは聖石がこのような姿になっている理由がわかるだろうと」
ルディアすごいな! 案外、聖女ルディアでいけたりするんじゃないのか?
多分口に出したらルディアに杖で痛くこづかれそうなツッコミは心のなかにしまっておいた。
さて、一件落着したところで本題だ。いや、聖女が持つべきもの持っていなかった時点でそれを何とかする方が最重要案件だったんだろうが……そこは結果オーライだ。この後の課題はタイロン。アイシャの剣が短剣とわかった以上ちゃんと戦える頼れる斧戦士は絶対必要だ。
「それでは、ここを出ましょう」
ナグムは言い、元来た扉へ歩き始める。手にするものを手にした以上はここでの長居は無用ということだろう。まぁ、秘密の場所だしな。
俺たちが聖堂に戻ると、ノォラは宿舎通路で待機していたらしい神官見習いを掃除のために呼び入れた。
こちらを気にしている気配はあるが会釈をした後は粛々と掃除の続きに励む見習いたち。
うーん。真面目だ。
っと、そうそう。
今度こそ。
「神官長。実は今、ある人物を探しているのです」
ここはこの話にふさわしい言い回しが無難だろうな。
「わたしに示された道の中にその名が見えます」
そう言うと、聖堂にいる神官たちは「女神のお導きが!」と額の前で手を組み始めた。
うーん、この言い回し、効果絶大っぽいぞ。
まぁ、本当はそういうチート的なのはないんだけれどね。
あ。
そうか。
俺はこの物語の行方を知っている。女神の声は聞こえなくてもわかるんだから意味は同じなのか……そもそもラトハノアもその女神も俺が作り出したんだし。
うん。きっとそうだ。
なんだ。よかった。もしかしたら他に聖女として召喚されている人物がいて自分は偽物なんじゃないかって少し心配になり始めていたからなぁ。よし。自信を持って聞いてみよう。
「タイロンという名の男です」
「タイロン、ですか……」
眉をひそめる神殿長。手を組んでいた見習い神官たちも顔を上げて心なしか動揺しているように見える。
「あの男に何か?」
見習いたちがそそくさと掃除の片づけを始めた。
「【タイロン・ラウ・クリム】という名前の斧使いがいる筈です」
「タイロン・ラウ……?」
首を傾げる神官長。
あれ?
なんだろう、この違和感。
「ただのタイロンであれば存じております」
今度は俺が首を傾げる番だった。
いや、第七節はともかく、名前は絶対、間違いなく、覚えているぞ。
「タイロンをお探しということでしたら……そうですね、彼の居場所はおそらく聖女様をご案内するにふさわしくないと思われますので誰か使いの者を出しましょう」
苦虫を噛み砕く口調に不安を覚える。
聖女にふさわしくない場所ってどこだ。
掃除の片づけが終わり、戻りかけている神官見習いたちの中の一人にナグムは声をかけた。
「あの者がいつもの場所にいるかどうか確認をお願いできますか」
薄茶色の髪の少年見習いは緊張した面持ちでうなづくと自分の道具を同僚の少女に託して聖堂の外へと出てゆく。
「しばらくの間宿舎でお待ちいただけますでしょうか」
お願いしたいという言い回しだが、有無を言わせぬ感じがありありで、俺とサイラスは黙って首を縦に振った。
「私はっ」
部屋に戻って扉を閉めた瞬間サイラスがきつい口調で口を開いた。
「タイロンという男を従者とする話、賛成しかねます!」
何だよ、急に。
「あの男は、あなたの従者にふさわしくない!」
さらにサイラスは言い募る。
サイラス? どうしたんだ?
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