第21話 聖女か神官見習いか 3

 暗い階段が弧を描くように続いている。灯の設置はなく手燭が無かったらどこがどうなっているのかわからない。

 足元を心配するサイラスに手を引かれながら暗い中ゆっくり降りていく。繋いでいない方の手で壁に触れるとひび割れたように表面が起伏しているのがわかる。階段は人の手で作られたものなのに壁は自然にできた洞窟を思わせる。

  

 不意に湾曲する壁の向こうからほのかに光が見え始めた。壁を照らす光が次第に強くなってくる。


 この光の色は……


 見覚えがあるぞ。


 階段の終わりとともに現れたのは広い空間だった。天然の洞窟だろうか。例えるなら学校の教室くらいの広さ。整えられていない荒々しい岩壁に囲まれたその空間の真ん中にそれはあった。


 碧い光をたたえている

 ケシュトナの聖石と同じ色の聖石が。

 

 ただし、ケシュトナのものと比べてかなり小さく歪(いびつ)だ。


 すぐにピンときた。

 ケシュトナにある聖石が変な形だと思っていた。天然の不規則な形ではなくどこか不自然に感じた理由。


「これは、ケシュトナの聖石の一部ですね」


「お判りになりましたか」


 やっぱり割れていたのか……でも俺はそんなふうに書いていない。何で二つに割れているんだ。


「とは言いましても、私どももそうであると伝えられているだけで真実これが聖石の一部であるという確証はないのです」


 いや、形といい色といい、疑う余地はないだろう。

 ルディアが聖石の形の答えを匂わせていたのは、これを知っていたからなんだな。

 しかし、サイラスが驚いているところを見ると、これは、隠されていることだったのか。

 

「聖石は昔二つに割れてしまったと伝えられ、密やかに別々に安置されております。そして、この聖石のことを知るものはごく一部の者。正確には安置されている神殿の神官長、副神官長のみなのです」


 なるほど、サイラスが知らないわけだ。


「でも、この神殿の者ではないルディア……様も片割れのことを知っていたようですが?」


「ルディア様は元々、こちらの副神官長だったからね」


 俺の疑問にサイラスが答える。


「そうです」

 

 ナグムが静かに肯定した。


 なるほど。


「そもそも聖石の存在を知るのはごく一部のもので、世間一般的に聖石が実際どこにあるのかは不明という扱いになっています」


 確認を促すようなナグムの視線に俺達は頷く。


 それに関してはアイシャの記憶で俺にもわかる。

 確かに、ケシュトナでも聖石は壁に施されたレリーフに見える扉の向こうにあり、来訪者にその存在を知らせることはない。サイラスもアイシャも誰にも話さぬようルディアに言い含められていた。隠し扉はその前に設置された女神像の背景にしか見えず誰もその存在を想像すらしなかっただろう。来訪者はごく自然に女神像に祈りを捧げていた。



 ん? あれ?

 

 今気が付いたけれど、元の話では聖石は隠していなかったぞ。普通に聖堂に安置してあるんだ。訪れる人々も聖石に祈りを捧げていた筈。何でここでは隠されている? 割れてしまっているからか? 


 うーん……ここでそれを尋ねると話の流れをぶった切ってしまいそうだな。そのうち機会を見つけて聞いてみるか。

 今はまず、俺がここに連れてこられた理由だ。そこまでして隠しているものなのに。どうして?

 

「本物かどうか疑われているわたしを、どうしてここへ?」


 俺の質問に、ナグムは少し思案するような顔になる。


「疑う、という言葉が正しいとは思いませんが、そうであるという確証も得られていなかったのです」


 言葉を慎重に選んでいるかのような言い方。


 やっぱりそうだよね。

 特別な存在である可能性がある相手だし。本物だとしたらと思えば、あからさまに疑う言葉はかけられないよなぁ。

 

「それにしたって正体が知れないというのに変わりはないと思う」


 神官長はじっと俺を見ている。


 言わなくてもわかる。顔を見るだけでわかる。聖女だと信じている、もしくは信じたいんだろう。でも、誰も確証が持てない。だから、神官長は聖女として持つべきものを持って存在の証明をするように求めている。


 

 これは小説にないシーンだ。

 

 でも、もし、俺がこんなシーンを書くとしたら……




 聖石に右の手のひらをかざした。


 光をじっと見つめる。

 


 ありきたりかも知れない。

 でも、もしこのシーンで俺が【輝きの刃】を手にするとしたら……こうだ。



 イメージするんだ。

 

 聖石から剣の柄が出てくる。

 柄に続いて、鍔が、そして刀身を包んだ鞘が……姿を現す。


 近づいてくる。

 俺の手に向かって、ゆっくり……

 


 光が一瞬、弾けるように強くなった。そしてそこから現れたのは小さく細長い光の塊。

 ゆっくり押し出されるように手のひらに吸い寄せられるように現れる。

 その光の塊をそっと包むように握りしめた瞬間、それは激しく光をほとばしらせ、そしてそのまぶしさを吸収するみたいにして急速に輝きを落ち着かせる。


 淡い光を湛えたまま、俺の手に納まっているそれは不思議な存在感を放っていた。

 

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