第17話 きっと、大丈夫。
サイラスが静かにこっちを見ている。
と、思ったけれど、目に見えない何かを見ているみたいな遠い目をしていた。うっすら湿ったような瞳で。
まるで涙を流したあとみたいに。
涙?
サイラス?
身動ぎすると、意識がここへ戻ってきたのか、焦点が合ったらしい目を見開いた。
「アイシャ!」
サイラスは言葉に詰まったみたいに口をつぐむ。
サイラスの向こうに見える景色が、なんだろう。見覚えがないような。
「よかった」
ため息みたいな声でうつむくサイラスの頭の向こうに見えるのはやっぱり見覚えのない部屋で。
ゆっくり目を泳がせるとようやく見覚えあるものが。扉横の棚に汚れた背負い袋。
あ。
そうか。
「ここは?」
「タズムの神殿です」
タズム!?
起き上がろうとしたのに何故か力が入らず無様に身を捩っただけになってしまった。
「まだ起き上がってはいけません!」
起き上がるのを制するみたいに腕に触れたサイラスの手がやけにひんやりしている。
「貴女は道中熱を出して倒れたのです」
そう言えば、やけに寒いとは思っていたんだ。雨に打たれたせいか。
「サイラスが、ここへ?」
サイラスは黙って頷く。
まだそれなりに距離があったんじゃなかったっけ? それに、二人分の荷物を持った上で熱で動けない俺を?
「迷惑かけてごめん。大変だったよね」
俺、お荷物でしかないな。
サイラスは項垂れて首を横に振る。
「私が、間違っていました」
項垂れたその姿勢のまま、サイラスは話し続ける。
「貴女はここへ来たばかりで何もわからない筈で、だからこそ、私はその補佐をすべく学んでいたはずなのに」
俯きすぎてどんな顔しているのか見えないよ。
「浅はかにも怒鳴るばかりで」
震える声で。
「申し訳ありませんでした」
サイラスが謝っている。
謝るべきは俺の方なのに。
「サイラスは、何も悪くないよ」
「いいえっ」
勢いよく顔を上げた。湿っている目を険しくして。
やっぱり泣いていたか。
泣くなよ。イイ男が台無しだぞ。
「なぜ、そんな顔をするんです」
ん? ああ、俺、笑っているかな……?
「夢をね、見ていたんだ」
サイラスはこっちを静かにうかがっている。
「秋……じゃないな。もうあれは冬の初めくらいかな……二人で……サイラスと二人で、木の実を集めていた……それから神殿に帰って、サイラスに見てもらいながら釜で煮て……」
聞いているサイラスの目が大きく見開かれる。
「途中で目が覚めちゃったんだけど、ちゃんとその先どうしたか覚えているよ。朝になったら釜から水を抜いて鍋に火を入れて仕上げたんだ」
サイラス。口。開きっぱなしになっているぞ。
「あんなにたくさん拾ったと思ったのに、出来上がったらほんの少しなんだよね……籠一杯が二つ分あったのに手のひらに乗る小瓶二本半。すくないよね?」
サイラスの口が何か言おうとしているみたいに少し動いたけれど。どうした? 声でなくなった?
「頑張ったのに、たった少ししかとれなくて」
俺自身が実体験したわけじゃないはずなのにはっきりと【覚えている】。木の実の具合で少しずつ三本の色が違っている。朝日を受ける薄緑色のほとんど透明な木の実の油。
「とてもきれいで、とても大切なもの」
「貴女は……」
「上手にできているね、ってサイラスに褒められて嬉しかったんだ」
ランタンに使っているのは大切な木の実の油
アイシャが作った初めての木の実の油。
そして、多分、彼女が作った最後の……
この世界では季節ごとに違う植物から油を採る。あのあとも何度か同じようにあの木の実を集めて油を作りはしたけど、あのとき作ったものは春にはなくなってしまうくらいのもので大切に使ってきた。
多分、もうほとんど残りはない。
「覚えている、なんて召喚された立場で言っても違和感しかないかもしれないけれど」
確かに【覚えている】んだ。
「それなのに、あのときはほんとうにごめん」
君の気持ちも考えないで無駄遣いさせようとした。
そもそも、食事のときに同じようなこと、思い出していたはずなのに……何をやっているんだろうな、俺は。
「いいえ! 私の方こそ……」
言い募ろうとするサイラスの目の前に手のひらをかざした。
「もうさ、このへんにしておこう? お互いに謝ったんだし」
「でも……」
「サイラスはずっとこのままがいい? 変に気を使いながら……距離を取りながら……」
「そんなことは……」
「そう? すっかり他人行儀な丁寧語に戻っちゃってさ」
「それは……! 私が大人気なく……申し訳あ……」
「だーかーら! おしまい! 大人気ないとか気にしなくていいよ」
俺のほうが全然歳上だから。いや、あえて言わないけれど。
「会って間もないけれど、ずっと一緒にいた気がする、なんて不思議な関係だけどさ。上手くやれるって思っているよ」
俺はね。
サイラスはどう思っているのかな。
「……はい」
そう答えてからサイラスはあっと声を上げた。
「今のは、その、距離を取るような丁寧ではなく……」
サイラス……君って本当に……!!
「笑わないでください!」
「すごく、サイラスらしい!」
「ええっ⁉」
うん。
きっと、大丈夫。
俺達、上手くやっていけると思うよ。
俺が描いたストーリーのことを抜きにしてもさ、そう思えるんだ。
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