第16話 在りし日の……

 この数日間で冷たくなってきた空気が透明で、いつもより空の青が遠いところにあるみたい。

 夏の間、濃い緑だった木々なのに、いつの間にか空の色から浮き出るような可愛い色に変わってて、風も吹いてないのに、はらはら、はらはら。少し止まったかな、と思っても、はらはら。


「終わりがないみたい」


「終わりはあるよ」


「ふあぁっ?!」


 なに? え?

 やだ。後ろから降ってきた声に思わず変な声が出ちゃった。


 え、あ、サイラス!

 

「なんで考えてることがわかったの?」


「あっという間に日が暮れてしまうからね。今日の予定分できなくても採集時間は終わってしまうよ?」


 ……!!

 考えてることわかっちゃったわけじゃなかった!! 


 でも、なんか恥ずかしい……


 見ると足元に置かれてるサイラスの背負い籠は木の実で一杯。

 

 わたしのは……


「うぅーん」


 わたしの籠を覗いたサイラスはため息が混じる声。

 

 ああ、まって! 結構頑張ってたつもりだったんだよ? ああん、でもサイラスより小さい籠で半分しかないって、やっぱり少なすぎる……よね……?


 ちらっと見上げると、声とは違って笑ってるみたいな、困ってるみたいな顔で。


「綺麗に熟れているのばかりだね」


 うふふ〜 そうでしょ! 一生懸命ひろったもん!


「アイシャはね、選びすぎかもしれないね」


 え。


「今日拾う分に足りていないからね」


 サイラスは瞼を半分伏せた目で口を閉じた。ルディア様がいつもする表情とおなじ!


 え、ええと、ええと……


「このままじゃ、この冬の夜アイシャは明かり無しで過ごさなくちゃいけないね」


「ええ⁉ そんなのいや!」


 伏し目を細く笑った形に変えてサイラスはわたしの籠を拾い上げた。


「あとから選別するからね。とにかくまずはたくさん拾おう」


「はい」


 答えて籠を受け取って、急いで木の実拾いを再開する。


 たくさん拾って一杯にして、サイラスに褒めてもらう!

 一杯、褒められたい!!



 

 神殿に帰ってすぐに木の実を選別。

 完全に熟れてるもの、半分くらい熟れてるもの、まだ固いもの。沢山あるから大変だけど、サイラスが夕食を作ってるそばで、どこの山に入れるか迷ったのを相談しながら作業するのはとっても楽しい。わたしが悩んで悩んで決められないのをサイラスは一瞬見ただけでさっと分けてしまうの。どうしてそんなに簡単に決められるのかなぁ。サイラスってすごい。

 

 次は三つに分けた木の実を三つの鍋にそれぞれ入れなくちゃ。全部混ぜて作るときもあるけど、木の実の熟し方で油の性格がぜんぜん違っているからたくさん採れるうちはわけて作るのよね。勿論木の実は入れるときに割器で潰さなくちゃならないから大変!鍋を並べた台の横に割器をのせた台を持ってきて、その鳥のくちばしみたいなところに木の実を乗せて、斜め上に延びている持ち手をぐっと押し下ろすと実がクシャッと潰れて鍋の中に落ちるの。

 

 三つの鍋が潰れた木の実でいっぱいになる頃には夕食がすっかり出来上がってて作業は一休み。ルディア様も席について三人で夕飯をいただきながら、今日あったこととかをお話しする。でもお話に夢中になってルディア様にお小言を言われちゃった。ルディア様、お作法に厳しい……

 

 夕飯の後はさっきの続き。

 まだ火の入ったままになってるかまどに鍋を全部並べる。そして焦げ付かないように時々順番にクルクル混ぜてあげる。

 サイラスが夕飯の洗い物をしてる横でひたすらそれを繰り返す。ちゃんとできてるかサイラスが見てくれるから、わたしは言われたとおりクルクルしてるだけなんだけど。


 楽しい……

  

 去年の秋は拾うの以外を全部サイラスがやっていて、わたし、見てるだけだったもん。


 鍋の中はどれもぐつぐつ煮立っていて、湯気ももうもうとあがっていて。秋も深いから夜はだいぶ冷え込んでくる筈なのに額に汗が浮かぶくらい。

 

 片付けが終わってサイラスが他の雑務をこなしている間もひたすら、クルクル。クルクル。


 鍋の中身が半分になるくらいでサイラスがもう終わりでいいよって言ってくれたから、鍋をかまどから降ろして岩板の作業台に移した。って言っても重すぎてかまどにのせるときも下ろすときもサイラスがやってくれたんだけど。

 

 ああ、疲れた〜! 今日の作業は終わり!


 かまどに蓋をして火を消して、湯浴みをして、髪を乾かして……


「アイシャ」


 声が聞こえて目を開けた。


「座ったまま眠っていたよ。それに部屋の扉も開けっ放しだ」


 わたし、髪を乾かしながら寝ちゃってた……?


 サイラスは手に持っていたものを床頭台に置くとわたしの手から櫛を取る。


「だいぶ疲れているみたいだね」


 うん。そうみたい。


 サイラスの左手が私の髪を集めるようにすくって右手の櫛が上から下にゆっくり動いていく。髪をすくいなおすときに何度も少し冷たい指が首の後ろに触るのがくすぐったい。


 サイラスの手、気持ちいい。


 床頭台に櫛を置くコツンという音。サイラスは、寝やすいように編んだ髪を左肩から前に降ろしてくれた。

 

 もう終わっちゃった。ずっと触って欲しいなぁ。

 

「さぁ、もうおやすみ」


 言われた通り布団に潜り込んだ。

 瞼が重たくて何度も瞬きをしてしまうから。


 サイラスが床頭台に置いていたものを私の足元に入れてくれた。


「あったかい」


「今夜は冷えそうだからね」


 足に触れているのは布に包まれた炭壺。中に入っているのはさっきまでかまどで赤くなっていた炭。


「ありがとう、サイラス」


 眠いけど……まだ一緒にいたいな……

 

「おやすみ、アイシャ」


「おやすみなさい」


 そう声を掛け合ったのに、背を向けかけたのに。サイラスはこっちを振り返る。


「どうしたの。サイラス」


「アイシャこそ、どうしたの。なんか言いたそうな顔をしているように思うんだけど」


「眠れないかも……」


 うそ。

 ほんとはすごく眠いんだけど。目をつぶったらすぐに寝ちゃいそうなんだけど。でも……もっと一緒にいたい……


「仕方がないな」


 サイラスはちょっと笑って枕もとの椅子に腰かけてくれた。


「ちゃんと目を瞑って」


 つぶったらすぐ寝ちゃいそうだよ……でも、行かないでくれたから、ちゃんと目をつぶるね。


 額にひんやりした感触。


 サイラスの手……


 前髪を整えるみたいにそっと、そっと。何度も撫でてくれる手が。



 大好き。サイラス。



 目をつぶったけど、どうしても、もう一度サイラスの顔が見たくて。どんな顔してるのか、見たくて。


 

 そっと目を開けた。

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