第18話 神々の詩

『始まりの時


 世界【ラトハノア】という器に

 創生神ラダナイはあらゆるものを作りだした

 

 海 大地

 植物 動物 人

 

 そして 最後に

 ラトハノアの守護たる聖石を二つ据え

 そこから二人の神を生み出した

 

 男神(おがみ)オーギュート

 女神(めがみ)レイネス

 

 ラダナイは二人の神に命じた


 女神は天となり 全てに道を示せよ

 あるものは道を選び 進むだろう

 あるものは道を選ばず 自ら切り開き進むだろう

 あるいは道を選ばず 留まるだろう

 いかなる選択からもルアは生まれるだろう

 ルアが生まれることで聖石の力は増すだろう


 男神は地となり 全てのルアを受け止めよ

 あるものは道を選び 心満たされ大地を染めるだろう

 あるものは道を選び 心乱され大地を染めるだろう

 あるいは道を選ばず 大地を染めるだろう


 ルアを受け止めることで聖石は力を増すだろう』




 朗読していた神官が言葉を止めると卓の上で紙をめくる乾いた音が聖堂の中に響いた。

 誰もがその朗読に黙って耳を傾けていた。

 小学校の体育館の半分くらいの広さだろうか。それくらいの聖堂で二十人前後の人々が長椅子に腰掛けている。


 ルアはこの世界における生命エネルギー。どんな行いからもルアは生まれる。この世界を語る上で触れないわけにいかないもの。


 

『リィム・ルア(満たされしルア)に染まりし大地は

 泉を満たし

 木々を育て

 命を生み出すだろう

 生まれくる命がラトハノアを育てるだろう


 ダァル・ルア(乱されしルア)に染まりし大地は

 泉を枯らし

 木々を枯らし 

 命なき者を生み出すだろう 

 生れくる命亡き者はラトハノアを乱すだろう』



 朗読されているのは、この世界【ラトハノア】の神話。

 卓を前に立っている神官は絵に描いたような長い白ひげを蓄えている。年齢はルディアと同じくらいで法衣もルディアと同じ紫襟。つまり、ここの管理者である神官長だ。そしてその後ろには女神レイネスの白い石像。


 人々は、子供が生まれれば良い道を示して欲しいと祈り、迷いが生まれれば正しい道を示してもらおうと祈る。上手く事が運べば示された道に感謝し、上手くいかなければ嘆いて祈る。人々の多くが創生神ラダナイではなく、レイネスを崇拝するのは、生き様に直結した神だからだ。


 

『ラトハノアが乱され 終末へ向かいし時

 男神は魔神に堕ち

 聖石は異界より二つの存在を招くだろう


 女神の導きを聞きし者

 預言の聖女


 堕ちた男神に添う者

 魔神の花嫁


 ラトハノアの行く末は

 この二つの存在にゆだねられるだろう』




 神官長はそう締めくくると、卓上の大きな本を静かに閉じた。幾重にも重なる厚めの紙の束を分厚く重い表紙が蓋するみたいに押えて収まるポタンという音が響く。

 その音がまるでスイッチにでもなっているかのように、皆が額の前で両手を組んだ。

 

 礼拝が終わったようで、それまで清聴していた人々が動き出した。

 後ろの戸口からすぐに出ていく男性。友人同士で来ていたらしい奥様的な四人組が帰る様子もなく真ん中あたりの窓際で立ち話を始めている。母親と息子らしい二人連れが神官長に何か話しかけている。

 どの人も特に派手に飾ることもなく素朴な格好をしている。


 俺の小説の中ってこんな感じだったんだなぁ。


 参列者を最後列の一番端でぼんやり見ていて、なんだか不思議な気持ちがした。

 

 思い返すと、小説内にこの世界の人たちがどんな服装だとかあまり書かなかった気がする。でも、ここへ来てみると、みんなちゃんと、それらしい服装をしているんだよな。いや、服着ているのは当たり前なんだけれど。実際中に入ると、こうやって自分が書いていない部分がちゃんと見えるもんなんだなぁ……というのがね。まぁ、書いていなかっただけでぼんやりとイメージは頭の中にあったのかもしれないな。


「アイシャ」


 隣に座っていたサイラスに声を掛けられ振り返ると不安げな目で見下ろしていた。


「そろそろ部屋に戻らないと」


「大丈夫だよ」


 熱はまだ下がっていないって自分でもわかるけれど、それほどしんどさはない。

 

 サイラスは首を横に振った。

 

「何度も呼び掛けたのに返事がなかった」

 

 あぁ……考え事をしていると聞こえなくなるの、気をつけなくちゃいけないな。

 

 サイラスが心配するのは分かる。かなり無理を通す感じで部屋を出たからな。でも、まだ戻れないんだ。


 聖堂の中をもう一度見渡した。

 さっきまで残っていた人たちもぼちぼち帰り始めて、もう数人しかいない。


「探し物が?」


 そう。俺が書いた通りならこの聖堂の後ろの隅が定位置の筈なんだけれど。それらしい人物は見当たらない。外も少し見て回ったほうがいいかもしれないな。


「あぶない!」

 

 立ち上がった、と思った瞬間に身体が傾いだ。


「っと、ありがとう」


 サイラスの腕が支えてくれなかったら危うく前列の椅子に顔からつっこむところだったよ。


「だから部屋に戻るべきだと……!!」


「ごめん、そうだね」


 いつの間にか質問者との対談が終わったらしい神官長も聖堂から去っていて、すっかり周囲は静まり返っている。

 


 今日、たまたまいなかっただけなんだろうか。


 もう誰もいないとはわかっているけれど戻る前にもう一度、と、首をめぐらせると、サイラスは強引に俺を抱え上げた。

 

 や、なんだか恥ずかしいから!

 

 抱きかかえられているせいで顔が同じ高さにある。向かい合って母親が子供を抱えるような形だから顔が見えない。

 降ろして欲しいと身振りで訴えても首を横に振るのが動きでわかった。


「探し物の特徴を」


 神官宿舎へ続く扉へ歩きつサイラスがそう言うのが、かすかに触れている頬越しに響いて聞こえてきた。

 

「もしかして、探してくれるの」


 ほんと?

 

 手を突っ張って身体を離すとサイラス顔を見た。困ったような、どこかムッとしたような、そんな顔をしている。

 

「もしかしなくても」


 頼れる! サイラス! 頼りになりすぎるよ!


「ありがとう!」

 

「別に感謝などは……」


「探して欲しい人物がいるんだ。きっと仲間に加わることになる」


 サイラスが驚いたように目を見開く。

 

 「【タイロン・ラウ・クリム】。斧で戦う赤髪の男だよ」 

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