第19話 聖女か神官見習いか 1

 部屋に戻され言われるがまま寝床に入っていると、いつの間にか眠ってしまっていたらしい。気がつくと日は高く、床頭台の上には食べ物があった。持手つきの器に入った水とパンのような焼き物と少しの果物。簡素な品揃えはケシュトナでもお馴染の物だ。朝は食欲なく食べていないから、昼食べられそうならばとサイラスが置いてくれたのかも知れない。

 

 熱冷ましのために額に乗せられていた水袋を枕の横にどけてゆっくり起き上がってみた。

 

 うん。今はふらつかない。熱が下がったかな?


 床頭台から果物を取り、少しずつ噛りながら窓の外を見た。


 初めて見るタズムの景色。この世界に来て初めて目にする集落でもある。何故なら、アイシャは、物心ついてからケシュトナを出たことがなかったから。だから、此処から先は自分が書いてわかっていること以外は未知の領域だ。

 

 タズムの印象は【田舎】。背の高い建物はほとんどない。集落を横切っている道も不規則に緩く曲がっているし、あちこちに見える家々も雑然と位置している。各自が好きな場所に好きなように建てた結果、という感じか。おそらく、いちばん立派な作りなのがこの神殿だろう。ケシュトナ神殿と比べてはるかに大きい。それなのにケシュトナ神殿より素朴で明るく感じるのは木部が多いからだろうか。ケシュトナは小さかったが石積みで古びた印象だった。

 

 窓を開けると緩やかな風にのって白っぽい花びらが何枚か舞い込んできた。

 

 桜? この世界にも桜があるんだろうか。

 

 窓から少し顔を出してみると窓の横に太い樹が立っている。その上の方を見ると見慣れた白っぽい花が。 間違いない。桜だ。六分咲きぐらいだろうか。

 そう言えば花とかの植物についての描写もしなかった気がする。こういう触れなかった部分は自分の記憶の中にあるものが存在するのかもしれない。


 せっかくだからと窓際に椅子を運んで花見がてら昼食を頂く。と、いくらも食べないうちに部屋の扉を静かに打つ音が響いた。俺がこの世界で目覚めた時と同じ調子。

 

 サイラスかな。

 

 予想を裏切らずサイラスの声が扉の向こうから聞こえてくる。


「入るよ」


 どうぞ、と答えると、扉が開き、入ってきたのはサイラスと神官長だった。サイラスの表情が何かぎこちない。もしかして見つからなかったのか。

  

 真っ先にタイロン捜索の結果を聞きたいところなんだけれど。そうだよな。あれこれ動き始める前に、まずは世話になった礼を言うのが先。それが筋ってもんだよな。うん。またサイラスに怒られないように、ここは一つ、大人として生活していたときの経験を活かして……あ、まぁ、フリーターだったけれど……いや! 一応、常識的なことはちゃんとできる! ……筈。


 床頭台に食べかけの昼食を戻して、神官長の前に立ち、丁寧に頭を下げた。

 あ、ちょっと今の日本的か? 学校の式典的なお辞儀だったかも知れない……まぁ……いいか……

 

「宿泊のために部屋を提供して頂き有難うございます。それから、到着早々、お騒がせして申し訳ありませんでした」


「神官は、正、見習いを問わず、皆、宿舎を使用することができることになっております。難しくお考えにならずとも、問題ございません」


 あれ? 今の、神官見習いに対する口調ではない、よね?

 

 顔を上げると、柔和に微笑む神官長と目が合った。疑問が俺の顔に出ていたのか、神官長はゆっくりとうなづく。

 

「挨拶が遅くなり申し訳ございません。私はこの神殿の神官長を務めさせて頂いております【ナグム・ノル・ロア】です」


 そういえば、そんな名前だったか。うろ覚えで申し訳ない。ストーリー上そんなに重いポジションじゃなかったからなぁ。


「ケシュトナのルディアから、書簡にて、貴女様が神の声を伝える【預言の聖女】様である可能性があることは知らされております」


 うん。



 え? 


 可能性って?


 俺の顔を見て、サイラスが困惑の表情を深める。神官長……ナグムはじっと俺の顔を見る。


「神々の詩の第七節をご存知でしょうか」


 穏やかな口調だが、間違いを許されないようなピシリとした響きが混じっている気がする。

 

 ……第七節……なんだったかな……その辺、なかなか思いつかなくて苦し紛れに書いた記憶が……


「あー……ええと……」


 まずい、ナグムの微笑みの雲行きがあやしい感じに……

 助けてくれ、サイラス! あ、いや、でもサイラスの顔もガチガチだな……絶対疑われている……預言の聖女じゃないかもしれないって疑っている顔だ!

 

 まぁ、自分でも確信持てていないんだけれど。


 でも! たぶん、いや、絶対! 俺がそうなんだと思っては……いる……

 

「もしかして、わたしが偽物だと疑っていらっしゃいますか?」


 ナグムは黙って俺の顔を見る。もう笑みはない。

 

 く……こんなことなら聖女の証である痣とか印とかそういうわかりやすいものを設定しておけばよかっ……た……




 あ

 

 ああーっ! 


 ある! わかりやすいもの! アイテム! 愛紗は剣を持って倒れていたんだった。なんで忘れていたんだ!?


「あのっ、武器があるんです!」

  

 

 ……待て!



 俺、今、武器なんて持っていないよな?

 


 「ブキ、とは」


 「え……?」


 あ、そうか! 国とか戦争とか、そういうものがまだない世界として描いていたっけ……


「……その……戦うため、の、道具です……」


 戦争はないかもしれないけど、戦う、の意味はわかるよな?


 ナグムは俺の言いたいことが理解できるというように頷く。

 

「その、武器が、ええと、あるというか、ないというか……あるんですけれど、今手元になくて、その……」


 ああああ

 いったいどうすれば……



 ナグムの視線が……無言の視線が、俺に詳細を言え、と促している気がする。

 とりあえず、説明! 説明をしなくては! 大丈夫。うん。名前だって【輝きの刃(かがやきのやいば)】ってちゃんとそれらしいのを付けてある。


「その武器は……」


 魔物退治できるように愛紗に持たせた日本刀です。なんか、日本刀持っているヒロイン、カッコいいよな……と思って……とか言っちゃダメだよな……


 なるべくこの世界観に合った表現で……そう、さっきの創世話……


「ダァル・ルア(乱されしルア)から生まれた命なきものをリィム・ルア(満たされしルア)に変えるもの、です」

 

 ナグムが静かに納得したような顔で頷く。

 

 うん、まぁ、そもそも自分で考えた設定だし……それなのに、目の前のことだけでいっぱいいっぱいだったとはいえ、すっかり失念していたってどうなんだ。

 絶対に必要なアイテムのはずなんだけれど……なんで俺は持っていないんだ……それさえあれば疑われることなんて……な……


  

 いや。待て。


 

 俺、神の声とかそういうのも聞こえていないんだぞ。



 

 本当に俺が【預言の聖女】で間違いないんだろうか。

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