第12話 独りぼっちの二人
みるみるうちに夕日の色が消えて、あたりは青みを帯びた暗い色に変わってゆく。
サイラスは荷袋にぶら下げていたランタンを取り外すと火を灯した。
静かだ。
緩やかな風に揺られる葉の微かな騒めきに耳を凝らし、木々の間の闇に目を凝らすも魔物らしい気配は感じられない。目の前にあるものを素直に受け取るなら、平和そのものに思える。
だけど、【預言の聖女】と【魔神の花嫁】は召喚された。目の前に脅威が無くても 召喚自体が悪い予兆だ。
この世界では生命から【ルア】というものが生まれると考えられている。心の在りようでその性質は大きく変わる。
悪しきルアから生まれた魔物は暗闇から出現する。まだ物語序盤の時点ではランタンの明かりレベルでも近寄ってこられない弱さの魔物たちばかりのはず。でも、いずれ【魔王の花嫁】によって暗闇以外からでも、それこそ人の影レベルからでも魔物が生み出されるようになってしまう。
道から少し外れた場所に落ち着けそうな場所を見つけて移動した。ちょっと迷いながらランタンの火から離れないあたりの短い草の上に腰を下ろす。近くに座っていいものだかちょっと迷ったからだ。地面に小さな携帯ストーブを置き不器用な手つきで火をつけ始めたサイラスをそっと横目に見た。
言い合いの余韻が漂っている。どちらからも言葉は出ない。
この世界は今、春だ。
偶然とはいえ実世界と同じ季節に来たのが不思議な感じだった。
春とはいえ、夜間は結構まだ肌寒い。遠慮がちに火の入ったストーブににじりよった。
サイラスは何も言わない。
アイシャの小さな膝にすらのりそうなコンパクトサイズの木炭ストーブだが結構温かい。ストーブの中でジワジワと木炭が赤くなっていた。
ストーブに手をかざしつつ、炭の赤い色を見つめた。
視線を上げられない。もし、サイラスと目を合わせてしまったら、どんな顔をすればいいのかわからない。
炭が時々パキンと小さくはぜる音を聞きながら、ぼんやり召喚されたもう一人について考えた。
小説で召喚されたのは主人公とその親友だ。その通りになるのなら、もう一人は俺の親友なんだろう。
だけど。
親友、か。
俺には親友なんていないな。
何故だか美咲の顔が浮かび、それを頭を振って掻き消した。
美咲は親友じゃない。それなら何なのかと聞かれても、答えるのが難しい関係というしかない。いつの間にか家族めいた付き合いになっていたし、ものすごく年の離れた妹がいればこんな感じなのかも知れない、とは思う。
まてよ。あっちでの最後が想像のとおりジェットコースターだとすれば有り得るのか? あいつも一緒に事故に遭遇している。あれがきっかけでここへきているのなら、可能性は……
いや、ないな。
こんなところに美咲が来る筈ない。いや、来ていい筈がない。目茶苦茶いいところに就職できたし、あんなに、きれいに成長した。
美咲の笑顔が浮かんで胸の奥が波立った。
とにかく、あいつはここへ来ない。あいつは色々成功している。何もかもだめすぎる俺がここへ来るのはまぁいい。明るいこれからが現実に待ってる美咲がここにきて何もいいことはない。ましてや【魔神の花嫁】としての召喚だとすれば。尚更だ。
ふう……
一度にいろんなことが押し寄せたせいか疲れたな。
ランタンに留めていた視線をチラと動かしてサイラスを盗み見る。眩しさでシミのできた視界に映るサイラスはまだ眠っていなかった。表情がないまま木立の向こうの暗闇を見つめている。
ったく何考えているんだ。聖女の供たる神官がそれでいいのか。こんなところにいきなり放り込まれた俺の身にもなってくれよ……
とは思うものの。
まぁ、そうだよな。サイラスだっていきなりのことだったんだしお互い様っちゃぁそうなんだよな。
思い返せばサイラスが当たり前のように歩調を合わせてくれていたから苦も無く歩けたんだろう。そのおかげでこんな進度になってしまったんだが。
子供っぽいなんて言って悪かったかな……
俺の視線に気が付かないのか。サイラスは変わらず動かず暗闇を見つめている。
ここにいるのは二人なのに責め立てるような孤独感が胸の中でじわじわと重さを増してくる。
サイラス。今夜は眠らないつもりなんだろうか。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます