第13話 失敗しない決意
目を開けるとそこは野外で。それも全く文明のかけらすら感じさせない森の中で。やけに空気がひんやりしていて。薄明るく少し靄がかっているのは明け方だからか。身体を覆っている薄手の毛布に鼻の頭まで埋めながら何度も瞬きした。
キャンプ……に来た覚えはない……が……
地面に寝転んでいるせいか湿った土の匂いがする。
ああ、そうか。
視界に入ったサイラスと目が合った瞬間、一気に目が覚めた。
もそもそと起き上がる。掛かっていた毛布がするすると肩から落ちた。
こんなの掛けたっけ……? そもそも座っていたような……
自分の分だったらしい毛布を小さく畳んでいるサイラスをみて状況が想像できた。
ああ、彼が掛けてくれたのか。
「ええと、毛布、ありがとう」
そういえば、地面に横になっていたのに頭が汚れていない。見ると身体の下にも一枚敷いてあった。
「あのまま眠ったらアイシャが風邪をひきますから」
丁寧口調……まだ、怒っているのかな……
サイラスはそれきり口をつぐんで自分の毛布を荷袋に詰め込んだ。
よし、今日は失敗しないぞ。
立ち上がると、サイラスを真似て毛布をくるくる巻いた。自分の荷に入っていなかったのものだから、彼に渡すのが正解だろう。
なるべく丁寧に小さくしたそれを差し出すと、黙って受け取ってくれた。
よし!
と思ったが、サイラスは不意にその端を持ってパッと広げた。
「ああっ」
一生懸命小さくしたのに……
「何か?」
こっちを見ずにサイラスは端を掴んだ毛布をぱんぱんと音が出るように振った。パラパラと土塊や小石、擦り切れた草のかけらが毛布から出てきた。
「いえ……なんでも……」
やー、色々出てきて……マジックみたいだね……
……ごめん。次から気をつける。
失敗しない決意直後の失敗は結構ダメージが大きい。
黙って携帯ストーブの前に座った。些細な失敗かもしれないが昨日の今日だから身の置きどころないというか……トホホな気分……表現が昭和だな……文才がない……
膝しか見えない視界に持手つきの器を持った手がにゅっと現れた。湯気がたっている。
受け取ると木製の器越しに飲み物の熱がじんわり伝わってくる。
あたたかい。ありがたい。
「手を開いて下さい」
事務的な響きの声に促されるまま手のひらを上に向けるとクッキーのようなものをふたつのせられた。
あ、朝食か!
「ありがとう」
サイラスはこっちを向くこともなくストーブの反対側に座った。その背中を斜め後ろから眺めながら朝食を口に運んだ。
ああ……これ、秋にサイラスと拾った……アイシャが拾った木の実で作ったやつだ……季節的に食べ尽くす頃だけど、まだ残っていたんだな。
感慨深く複雑な心境だった。この食料の材料を拾ったのはアイシャだ。この味をいつもの味だと喜んでいるのもアイシャが感じるところだろう。だけど、それを【アイシャがそう思っている】と間接的に感じるんじゃなくて【自分が拾った】【いつもの味だ】と自分の経験として感じている。
俺としては自分とアイシャの間に、距離というか違和感をすでにあんまり感じていない気がするんだけど、サイラスにとってはやっぱりだいぶ違うんだろうな。
まぁ、その辺は追々何とかしていくしかないよな。ずっとこんな調子じゃ話が進まないし。そのためにも。この後はもうやらかさないようにしよう。
まずはそうだな、昨日の失敗を今日繰り返さない。うん。これだ。
移動のたぐいは……いや、何をするにしても、なんだろうが……小説に書いたアイシャとこのアイシャの体格差を考える必要があるってことを念頭に置かないないと。ああ、あとはアラフォー男の俺だったときの感覚もか。その辺の物差しを大人の男の感覚で考えるとまた失敗しそうだよな。
うぅん。三つのギャップを埋めるのって結構難しそうだぞ。
でもわかっているのとわかっていないとじゃ大違い。うん。この後はもう大丈夫!
な、はず……
「今日は昨日みたいな失敗はないよう気をつけるよ」
思い切って話しかけるも、サイラスはこちらに視線すら向けない。ストーブの中で燃え残った炭を陶器の壺にしまう作業を黙々と続けている。
その反応は予想通りだからな。めげないぞ。
思わず出そうになったため息を飲み込んだ。
実際のところ、俺とサイラスは知らない者同士だからいきなりペチャペチャ絶え間なく話すほうが不自然なのかもしれない。でも、自分としては相手がずっと書いていた登場人物で、なんとなくだけど、いきなり旧知の仲みたいな気分になっていたし、本物のアイシャとしてはよく知った身内のような存在だしで仲良くやれるような気になっていた。
でもサイラスは違ったんだろう。
見た目は馴染み深いアイシャ。でも中身は知らない誰か。アイシャの記憶を持つ知らない誰か。
俺としては記憶だけじゃなくアイシャが感じることをそのまま感じている。まぁ、一緒に俺の感情もあったりするところがややこしいんだけれど。正直なところ、どこまでがアイシャでどこまでが俺なのか自分でも線引が難しい気がする瞬間もある。
当の本人がわかっていないんだから、サイラスにそんなことわかれっていっても無理な話なんだよな。幼いころから然るべき時が来れば女神の使いの従者となるべく学んできたはずだけど、まさかこんなことになるとは想像もしていなかったろう。
それはまぁ、俺もなんだが。小説を書いているときにはまさか自分がこんなことになるなんて微塵も思っていなかったもんなぁ。
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