第14話 失敗に次ぐ失敗
ごく軽い朝食はあっという間に終わって、それが同時に出発の合図になった。
サイラスの口ぶりだと昨日大した距離は歩いていないらしいけれど、 たっぷり半日は歩き詰めだったと思うし、少しばかり不安になる。疲れて歩けないとかいう事態になったらサイラスの顔を見られない。
でも、歩きだしてそれは杞憂だとすぐにわかった。
うん。問題なく歩けるぞ。
流石に若い身体は疲れからの回復が早いな。筋肉痛も疲労感も全くない。【佐藤亮】がもし同じだけ歩いたら多分昼過ぎまで寝ることになっていたろうなぁ。
まだ少し空気がひんやりする時間だけれど、背中がほんのりあたたかくて、それが快適なのがいい。俺の背負い袋に炭壺を入れてくれたサイラスに感謝だ。
壺の中の炭は火が消えても熱を持っている。厚めの布で包んだ陶器の炭壺はさながらホッカイロだ。そういえば冬の寒い夜にもサイラスは寝床の足元にこれを入れてくれたっけ。
っと。
何かを考えながらだとつい歩調が緩みがちになるらしいな。
サイラスとの距離ができかかったのに気づいて少し足を速めに運んだ。
昨日の失敗を取り返さないようにしないとな。なるべく遅れないよう気を付けよう。
サイラスはすぐ前を歩いている。手を伸ばせば届きそうだ。俺の努力を認めて近くで歩いてくれるのかと思ったけれど、まぁ、昨日もサクサク歩けばこんな感じだったのかな。いや、はじめは並んで歩いていた気もするけれど。
出発したときより木々の数が増えてきているように感じる。両脇を岩壁に挟まれた道幅はあまり変わっていないけれど壁はゴツゴツと起伏が大きくなってきている。景色が変わってくるとだいぶ進んだって気になるな。
目指すタズムはこの岩壁の道を抜けたその先、開けたところにある人口200人くらいの集落。そして、人口約800人ほどの大集落アソンがその先にある。アソンはいくつかの道が交差する中心でそこから放射線状に伸びた道の先にはタズムと似た規模の集落がいくつかある。
この世界の人間社会が発展して統治する人物が現れたらアソンが中心地になるんだろうか。俺は、そんなふうになったこの世界のことをいつか執筆したりするんだろうか。
なんかちょっとだけ感傷的になりかけた。
気を取り直して、まずはこの話の結末だ。そう、俺はまだこの話を書きあげていないんだから。まさかこんな形で結末を決めなくちゃならなくなるとは思ってもいなかったけれど。
いつの間にか少し離れて前を歩いているサイラスが振り返った。
危ない危ない。さっき気を付けようと思ったばかりなのに。うっかり昨日の二の舞いを演じてしまうところだった。
歩調を早めてサイラスのすぐ後ろに追いついた。
「大丈夫だからっ」
サイラスは小さく頷くとすぐ前を向いて歩き始める。
お、よしっ、怒っていないぞ。多分。
この調子で頑張るぞ。
高い岩壁のせいであまり日が差し込まないのもあるけれど、なんだか今日は薄ら寒い。というか真上に広がっている空もそんなに明るさがない。天気だいぶ悪いのか? 参ったな。俺、かなり雨男なんだよな。
ん、いや、待て。今は男じゃないな。ついに雨男の汚名返上か?
天気の心配をするものの降られることなく、そしてサイラスが振り返ることもなく、昼食の時間まで歩き続けられた。いい感じのところを見つけて腰を降ろす。手渡されるのは、毎度同じ、クッキーのような焼き菓子だ。
「今日は結構悪くない感じで歩けているかな」
早々と食べ終わり片付けしているサイラスに聞いてみると、やっぱり無表情のまま。
……まだなんか怒っている?
サイラスが荷袋の口を閉じる手を止めた。
「昨日よりは」
ポツリと小さな声で一言だけど。サイラスから反応が!
よかった。このままなんとか気不味く感じないところまで持っていきたい。
俺も食事を終え、そろそろ出発かという頃合いになった。
サイラスの様子だと、まだまだ道のりは長そうな感じなんだよね。でもまぁ、がんばるしか……
ん? 鼻に何か……
手の甲で鼻の頭を擦ると微かに濡れている。
「サイラス! 雨だ!!」
不安げな空模様を裏切らずついに降ってきてしまった。俺が書いたやつはタズムまで雨なんて降っていないのに。外見が変わっても結局俺は雨男なのか。
サイラスはすでに出発の身支度を済ませている。俺も慌てて膝についた携帯食のクズをはたき落として荷物を背負った。
「結構降り続きそうな感じかな」
「急いだほうがいい」
歩きながら声を掛けると振り返らず返事を返してきた。歩調も小走り。まだ機嫌が悪いのかとか一瞬不安になったけれど、そんなこと言っている場合じゃないのはわかっている。そうこうしているうちにも、雨はどんどん強くなってなってきている。
俺の使っている外套も荷袋も蝋引きで防水になっているはずだがあくまでも簡易的なものだ。アイシャはケシュトナ神殿から遠く離れるような外出をしたことがないのだから仕方がない。
ついに雨が大粒になってきた。いつの間にか強くなってきた風は、今や足を留めたら押し返されそうな向かい風。その風にのって大粒の水が顔面を打ってくる。
フードのついた外套だが前をしっかり合わせられる作りじゃないからとっくの昔に風に飛ばされて背中の方に落ちている。だから顔どころか髪もずぶ濡れ。外套の中も水浸しの感触で、走り続けて汗で濡れたのか雨のせいなのかわからない。
段々と距離が開いてきた俺を振り返りサイラスがこっちに手を伸ばす。
「荷物を」
「大丈夫だよ!」
大した事ない、と背負った荷袋を揺らしてみせた。正直を言えば持ってもらったほうが早く歩けそうではあった。だけど、昨日の今日だ。少しくらいは手がかかると思われないようにしたい。
雨宿りする場所もなく、足元もだんだんぬかるみはじめて思うように進めない。空をべったり覆っている雨雲のせいで、あたりは薄暗く見通しが悪い。いや、もう日が暮れる頃なのか? 進むのに必死過ぎて時間の経過もわからない。
カイロ代わりだった炭壺もとっくに冷たく、そうなってくるとただただ出発より荷物を重くしているだけの存在だった。
失敗したな。やっぱり荷物を持ってもらうべきだったか……早々と気持ちがくじけかけているとサイラスが振り向いた。
「あ、や、いや、べつに、その」
「もう少し先に雨を凌げそうな場所がある」
あ……また無意識に独り言で愚痴を言ってしまったかと焦ったじゃないか……
でも雨宿りできるのはありがたい。雨の中、ずっと半ば走ってる状態で今すぐにでも倒れ込みたいくらいだった。
サイラスが指差すのは青白い岩壁の下の方にある薄暗いシミのような影。膨らむようにせり出した岩壁の下に出来た窪みだった。
リレーのテープでも切るような勢いで二人してそこに転がり込んだ。6畳間くらいの広さはあるかもしれない。洞窟のような奥行きはない。吹き溜まりなのか、隅の方に枯れ葉や小枝が積もっている。風も吹きこんでくるから雨を完全に防げる場所ではない。
サイラスは濡れた地面に携帯ストーブを置いた。
「炭壺を!」
あ、そっか。俺の背中だ。
慌てて背負っていた袋を下ろす。かなり濡れていたが蝋引きのおかげで中はしっかり乾いていた。
慌てた手つきでサイラスは炭をストーブに移し、かき集めてきた枯れ草を火種にしようとしている。何度も着火石を打ち付けている。
なかなか火がつかない。吹き込む雨でストーブはすでに濡れている。この感じだと乾いていた木炭も湿ってきているんじゃないだろうか。
不意に身体に震えが昇ってきた。歩くのをやめたせいか濡れた服が急に体を冷やし始めたのかもしれない。早く暖を取らないと、これはまずいかもしれないな。
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