第4話 冴えない小説家志望の冴えない事象 2
コーヒーカップって、ああいうアトラクションだっけ……?
まっすぐな歩行が出来なくて、美咲に腕を取られつつアトラクション側のベンチに腰を下ろした。
「ね、楽しかったでしょ!」
あれは、楽しいのか⁉
音楽が始まった途端カップが回り始めた。何故だか、回転は加速していた。他のカップと様子が違う、美咲が真ん中のハンドルを回しているんだと気がついたときには半端ない遠心力が生まれていて。
「回ってる途中にリコちゃんがぴょこっと飛び出したり結構可愛かったでしょ? あきら、ちゃんと見てた?」
「そうだよ、お前に周り見ろって言われて、俺がどうなったか、わかるか?」
「あきら、ずっと空見てたよね……何度も周り見てっていったのに……なんで?」
何で……って!
「お前の言う通りに周りを見たらな! バカみたいな遠心力で首が後に引っ張られたっきり起こせなくなってだな……」
破裂するみたいに美咲が笑いだして、俺はそれ以上の発言を断念した。これが、あれか。ジェネレーションギャップとか言う……
「まぁ、いいや。なんか飲みにでも行こう」
フラフラ立ち上がると、美咲がすかさず俺の右腕を取って横に立った。
「ごめんね、支えてあげるね!」
言われると余計に惨めなんだが。
近くにあった巨大な園内地図を見る。フードコートは……だいぶ遠いな。
「ファストフードっぽいのなら、【ココ♡スタンド】かなぁ。【ホットケーキタワー】がオススメ。で、しっかり食べるなら【デイリークルーズ】。船の中にあるレストランでお肉料理も多いよ。屋外席からみる花火がサイコー。そういう意味でもここは夕食がいいんだろうけど、間違いなく混むね。それから……」
隣で俺と同じ園内地図を見上げて美咲が説明してくれているのはありがたいんだが。何も見ずにスルスルでてくるその情報量はなんだ……
とりあえず、喉の渇きはすぐ近くに見える露天でなんとかすることにして、船上レストランで混雑回避のため早めの夕食をとる話に決まった。俺は烏龍茶、美咲はオススメらしいブラックタピオカティーで喉を潤しつつ、夕飯までに行きたいアトラクションを決める。
そんな時間を過ごしながら俺は不思議な気分だった。
俺の知っていた美咲は小学生……もしくは中学に入ったあたりだ。それ以降も顔を見る機会はあったかもしれないが、ほぼ記憶にない。
母親同士が親友で頻繁に遊びに来る関係、そして母子二人の家庭なもんだからいつも美咲同伴だった。だから、ただの知人よりは近い存在かもしれない。言うなれば妹みたいなものか。それも結構年の離れた。自分には兄弟がいないからその表現が正しいかわからないが、いるとすればたぶんそんなかんじなんだろう。会えばいつも愛嬌いっぱいにかまって欲しがる小さな女の子。にも関わらず成長した顔を知らなかったのは、近年実家に帰るのも億劫で、帰省したとしてもあまり長居していなかったせいかも知れない。
「飲み終わったよね? 行こう!」
美咲は立ち上がった俺の隣に当たり前の顔をして立つ。そして、さらに当たり前の顔で俺の腕に腕を絡める。引っ張る仕草でグイグイ歩く感じが子供っぽいとも言えなくないが、どう見たって姿は大人の女性で。まるで、初めて見る女性で。触れてくる感触は力を込めて引かれていても不思議に柔らかくて、みぞおちのあたりに違和感の塊があるような変な気分がつきまとう。
「20分待ちだって! 来た時より人増えてきたかな?」
順番待ちの列で無邪気な声を上げてピョコピョコしているが、その度に美咲が絡みついている右腕がなんとも言えない柔らかさに圧迫され揺さぶられる。
勘弁してくれ。年齢イコール彼女不在歴のアラフォー男には劇薬すぎる。どんなリアクションすればいいんだ。ああ、しなくていいんだ。しなければいいんだ。
彷徨いかけた目玉を、順番待ち中のアトラクション説明に縫い付けた。まず目に留まるのが、戦闘機に乗ったキャラクターのイラスト。タイトル【スタースインガー☆キラ】。主人公【マイキー】とライバル【キラ】がドッグファイトしているイメージらしい。なになに……
〚波のようにウェーブしながら回るブランコ。支柱が大きく上下し天井の傘もウェーブします。バトルするライバル二人の迫力満点ドッグファイト! この戦いの行方は? リコちゃんの心を揺さぶるのはどっち?〛
俺の心が揺さぶられまくりだ。
この手のアトラクションはただでさえ苦手なのに、加えて、上下して揺れが加わるとか。ない。
「あきら! 前空いてる! 進まないと!」
あと、この隣ではしゃいでいるやつ。こいつもだ。
わかったと頷きつつ腕引っこ抜きを試みるものの失敗。余計、柔らかみに締め上げられる結果に。
早く……順番、来てくれ……
結果として、希望通り、そう待たされもせず、一人乗りアトラクションのおかげで腕は解放されたわけだが。
「大丈夫?」
ベンチに崩れ落ちた俺を覗き込んでくる美咲に、頷きつつ、構うな、と手を上げるゼスチャーで答えた。目を瞑ってとりあえず回復を図る……と思ったが周りをグルグル歩き回る気配。仕方ないから目を開けて声を掛ける。
「大丈夫」
じゃない……んだけどな。実は。今後、この手のやつは二度と乗らないぞ……
「苦手って知らなくて。ごめんね」
「進むやつは、まだいいんだけどな……グルグル、同じところを回るやつとか、行ったり来たりするやつが、な……」
「進むのならよかったんだ……あ、回るの続いちゃったね、ほんと、ごめんね」
「謝らなくていい」
そもそも遊園地には当たり前にあるしな。せっかく来たかったところに来たなら乗らないわけにもいかないだろう。
「で、次は何に乗るんだ?」
「え、いいよ! あきら、つらそうだし」
「……悪いな」
正直なところちょっとアトラクションは休めると助かる。
美咲は勢いよく首を横に振った。真っすぐの髪の先が振り回されるようにひょこひょこ跳ねる。
「船上レストラン方面に散歩がてら歩くか」
そう言って立ち上がると、カップに乗ったあと同様に美咲は俺の腕を取る。
気のせいか……いや、気のせいじゃないな。美咲の手つきが丁寧で、優しい。
レストランへ続く運河沿いの道を、今さらながらに近況等話しながらゆっくり歩いた。
話すのは殆どが美咲。通っていた高校、大学。お袋たちの相も変わらない仲良しっぷり。俺の実家近所の犬がボケているらしい様子。取り留めがない。対して俺から話せることはそんなにない。むしろ話したいことがないと言うか。ないない尽くしを再認識したところで今さら落ち込むこともないが、なんというか、美咲の勢いみたいなものは羨ましい。
三月の夕暮れ前は暑さも寒さもないちょうどいい感じで人工運河の上を抜ける風は心地いい。独りで淡々と過ごす時間がほとんどの毎日なのに今日は隣に話しかけてくる人間がいる。新鮮だ。
正直なところ、最近は誰かと関わるのが面倒だと感じることもあるくらいだったけれど。
悪くない。
遊園地なんて普段来たいとも思わないし、そんなに好きとも思えないが、こういうのは悪くない。
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