第9話 ケシュトナのアイシャ 3

 二人から注がれる視線に、なんとも落ち着かない気持ちにさせられる。だって、俺が聖女、だよ? そもそも中身が聖女からは程遠いアラフォー男だし。やっぱりそれも言うべきだったのかな。


 神妙な顔つきのサイラスと目が合って、俺はその考えを急いで全否定。


 ダメだ。ルディアはともかく、サイラスに本当のこと言ったら再起不能にしてしまいそうだ。真実の姿は封印しよう。


「サイラスだけじゃなくてさ、ルディアも今までと同じようにして欲しいかな。話し方とか、さ」


「ああ、そうしよう。アイシャ」

 

 ルディアがいたずらっ子のようにニヤッと笑った。


 俺は……


「わたしは、どうしたらいいかな。アイシャとして話したほうがいいのか、それとも……」 


「どちらでもよかろう。アイシャでもあり、召喚者であるという言葉が真実なら、ありのままに話すことに問題ないだろう」


 そっか。

 

「ありがとう」


 まぁ、かく言う自分がこの状態に馴染めなくてどっちつかずになりそうではあるんだけれどね。



 物語の始まりを生み出した聖石を見つめた。静かに碧い光を湛えている。アイシャの記憶ではいつも鍵付きの扉の中ひっそりとある黒々とした塊でしかなかったのに。

 

 【この世界を救う】か。まだ書き終えていない、終わりの見えない物語を、俺はどう終わらせるんだろう。

 

 成人の丈ほどあるその巨大な聖石は少しだけ浮き上がっている。不思議な光景だ。きれいな結晶をイメージして書いていたはずだったのに不思議にいびつな形をしている。まるで欠けてしまったかのような……


「ルディア、聖石の形……」


 角度を変えて見てみる。やっぱり欠けているように見える。


「もともとこういう形なのかな」


「先ずはタズムの神殿を訪ねるがいい」

 

 タズムは愛紗がこの神殿を出発してから一番初めに訪れた集落だ。


「タズムはこのあと行くべきところではあるけれど」


 それが聖石の形の答え? それとも何かはぐらかしている?


「流石は女神の声を聞きし預言の聖女。行先はすでに決まっていたか」


 ……なんか微妙に茶化されている気がするんですが⁉


「タズムが一番近いところにあるのくらいわかっていますよ! アイシャでもあるんですから。というか、タズム以外近くにないというか……」


「おや、そうかい」

 

 ルディアがすっとぼけたニヤリ顔で言う。

 やっぱりからかわれていたのか。まぁ、でもおかげでちょっと肩の力が抜けたかも知れない。

 

 ほっと息をついたその時。


 どこか遠くから、岩を転がすような音が微かに聞こえた。みるみるうちに大きくなってくる。近づいてくる……!

 

 不意打ちのような揺れが一振り大きく俺達を突き上げた。そして続く横とも縦ともわからない激しい揺れ。

 どうするとも考える暇なく膝が崩れ、身体が放り出される。

 


 目の裏の暗闇に夜景の残像

 耳の奥に軋む金属音

 悲鳴

 俺の名を叫ぶ美咲の声


 息が……できない……!


 

 冷たい圧迫感がふと掻き消えた。

 さらさら柔らかい布に倒れ込むように包まれていた。そこがサイラスの腕の中とわかり、焼けるような熱い感情が急速に胸の奥を満たす。

 俺の中のアイシャをなだめるように息を殺しながら周囲を見回した。

 揺れはかなりの強さで続いている。震度でいうところの4くらいだろうか。そう。経験上、俺はこれが地震だと感じている……けれど。

 同じようにサイラスの腕に守られているルディアと間近に目が合った。

 ルディアも同じことを考えているのか。

 この地震は変だ。全てがこんなに揺れているのに、聖堂が崩れる気配がない。窓の装飾ガラスですらひびひとつできない。

 

 突然、聖石の光が増した。波のように揺らめく光が聖堂の白い壁の中で跳ね返り眩しさに目をつぶる。俺達を守るようにサイラスの腕にぐっと力がこもった。


 来たのか……

  

 次第におさまり小さくなってきた揺れの中、間近な二人に静かに言う。


「行かなくちゃ」


 自分で書いた通りの展開。


「今、この世界にもう一人召喚された」

 

 二人にそう教えた。

 頷くルディア。


「お前がここへ招かれたときも同じように揺れたよ」


 この世界に召喚されるのは二人。


 救世主たる預言の聖女

 混沌を纏う魔王の花嫁


 予言の聖女は勇気ある者たちを導き魔王の花嫁を討伐。魔神の生み出す混沌によって滅びそうな世界を救う使命を負っている。


 いつの間にか揺れは止んでいた。

 俺はサイラスの腕から抜け出し立ち上がる。


「すぐに行くのかい」

 

 ルディアもサイラスの肩を支えにして立ち上がった。

 

 俺はうなづいた。

 俺の書いた話だ。俺が決着をつけない道理はない。


 サイラスは膝をついたまま黙って俺を見ている。

 

 そんなすぐに切り替えられないよな。俺だってはじめから何が起こるかわかってなきゃこんな状況ですぐ動けっこないよ。

 

 小説のサイラスは女神の教えを強く信仰している。それは彼がケシュトナに来る理由となった両親の死が魔物によるものだからだ。だからこそ、アイシャの旅立ちに迷わず同行したし、心身ともに助けとなってくれる頼もしい存在だった。

 だけど、展開が違う。両親の件はアイシャの記憶から同じらしいことはわかる。でも、聖女登場の件は全く違う。マイナスイメージですらあるだろう。同じことを期待するのは難しいかもしれない。

 

 瞼を閉じてサイラスの視線を断ち切った。心の奥がキュッと捻れるような痛み。それをなだめるために深く息を吐く。


「示された道を征くと決めたのならあとは迷うな」


 ルディアの揺るぎない声が背中を押す。

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