第8話 ケシュトナのアイシャ 2
ルディアの声は、目は、その発言の裏に隠されている事を確信しているものだ。ごまかしたり、下手な言い訳めいた説明は許さない、と言っている。
だけど、これがどういう状況なのか俺だって正しくわかっていないのにどう説明すればいいんだ。
たぶん、
ここは俺が書いた小説の中です。
あなた達を生み出したのは俺です。
こんな小さな女の子の姿をしてるけど、俺、アラフォー男なんです。
アイシャって子はそもそも登場人物にいなかったし、もし、今までいたとしても、もういないんです。
たぶん、もう、いないんです。
無理だ。
こんな説明いきなりされて信じられるやつ、いるわけがない。
険しい目つきでルディアが言う。
「お前、アイシャではないね」
ルディアの言葉にサイラスがギョッとした表情になるのが目の端に見える。
すまない、サイラス。
アイシャの記憶があるからわかる。今までの二人が。
アイシャの物心つく頃にはすでに二人はここにいてずっと一緒に育ってきた。血は繋がっていなくても、兄妹のような間柄だった。サイラスはとてもアイシャを可愛がったし、アイシャはサイラスを兄として以上に慕っていた。アイシャには微かに恋情めいたものもあった。
だがそれは、俺の中にあるけれど、俺のものではない記憶。
「アイシャではない、が、私達のことを知らないわけでもない」
ルティアの言葉に、俺は黙って首を縦に振った。
「他に何を知っている」
正直に話してみるか。
「アイシャが、知っていること」
ルディアは静かに頷く。
「それだけじゃないね」
確信を含んだルディアの質問に俺はやっぱり首を縦に振るしかできなかった。
「それ以上のことも。この世界のことや、たぶん、これから起こることも」
最後の言葉にサイラスが息を飲むのを感じた。
ルディア納得したように、何かを噛み締めている顔で何度も頷いた。
「つまり、お前が女神の召喚せし者だと」
「そういうことに、なり、ます」
ね。自分でもまだ実感ないんですが。
「待ってください!」
サイラスの声が俺達の間に割って入る。
「それでは、アイシャは」
戸惑い隠せない目をルディアにすがらせて、サイラスは言い募った。
「彼女がアイシャでないと言うのであれば、本物のアイシャはどうなったのですか!」
食い入るようなサイラスの視線を横目で受け止めてから、ルディアは俺を見た。
サイラスは俯くと額の前で祈る形に両手を組む。
「彼女はアイシャです! 私のことも、ルディア様のこともちゃんと知っている!」
そうだな。
「姿も、声も、私の知っているアイシャです!」
うん。
「彼女は、アイシャです」
絞り出すように出された声が、震えている。
答えを促すルディアの視線を受けて、俺は言葉を慎重に選ぶ。
「サイラスの言う通り」
勢いよく顔を上げるサイラスと目が合った。
「二人のことをよく知っている。物心ついたときからずっとここで一緒だった。かけがえのない、誰よりも近しい存在だ」
俺は断言した。アイシャがそう思っているとわかるから。
目に明るい光を取り戻したサイラスの言葉を封じる速さで俺は言葉を続ける。
「聖石の前で気を失ったあと、目覚めてしばらくはどこにいるのかわからなくて戸惑った」
サイラスは黙って俺の話を聞いてくれている。
「だけど、サイラスの、ルディアの顔を見て、すぐに違和感なく【誰かわかった】。この神殿の中もどう歩けばどこに行けるかも【知っていることに気がついた】。なのに、【自分がアイシャではない他の存在だ】という意識もある」
ああ、うまく説明できているだろうか。
「正直なところ、自分自身もまだ理解しきれないんだけれど」
「つまり、アイシャであり、同時に召喚された人物でもあると」
俺の言葉を引き継ぐように口を開いたサイラスは無表情。俺の説明を遮ったのは色のない声。
「サイラスはやっぱり聡明だね」
そう、彼はいつでも賢く、そして優しい。
「確かに、アイシャと口調が違うと思います。今、話をしているのはアイシャではなく、召喚された方……名前を存じないのでこのような失礼な呼び方になります、申し訳ありません……話をしていらっしゃるのは女神により召喚された方なんでしょうか」
サイラスだって混乱しているだろうに。一生懸命言葉を探し、正しい答えにたどり着こうとしている。
俺が書いたそのままの誠実さだ。
「アイシャ、でいいよ。多分、アイシャでもある。話し方も今までと同じで……君が嫌でなければ、なんだけれど」
サイラスは、一瞬、俺を凝視したまま動きを止めた。が、表情のない顔で黙って小さくうなづく。
中身が違うと知らされたのに、今まで通りにしろと言われても、普通、無理って思うよな……ごめん。でも、俺の方も突然なことだらけで結構いっぱいいっぱいなんだ……
さぁ、あとはこれを言わなくちゃならない。大事なことだ。
「わかっているのにわからない、そんなおかしな状況だけれど、いや、そんなおかしな状況だからかな。自分自身がここでこうしている理由を、何のためにここにいるのかを知っているんだ」
サイラスに、ルディアに、順に目をあわせる。
静けさが、俺の次の言葉を待っている。
そう。
覚悟を決めるんだ、佐藤亮。お前は今から、聖女アイシャだ。
「この世界を救う」
頷いてから跪づいたルディアが恭しく言う。
「よくぞ参られた。救世の聖女よ!」
うん。このセリフだ。
ようやくスタートに立てたかな。
しかし……宣言、してしまったな……俺に出来るのか。世界を救うなんて。
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