アカピンクの、色の話。

船里葵

第1話

 「ねえリン君」

 「なにー?」

 「リンくん、わたしのこと、好きだよねえ?」

 「好きだよー」とリン君は、目を細め笑う。

 ああ、良い。すごく良い。

 ほんとは、ほんとのほんとは、ほんとのことだけ言って欲しいんだけどね。好きじゃねーよって、うざがるのもいいし、無視でもいい。ほんとの気持ちを言ってくれることが大事なんだ。

 ほら、またたばこに火をつけた。リン君は自分で気付いてない。わたしの話を逸らす時の癖。たばこに火をつけて一口目の煙を吐き出す3秒強で、それまでの会話をなかったことのようにして、スマホの画面とにらめっこをする。今日はなんのゲームしてるのかなあ。ああ、横顔もいいんだよなあ。

 じっと横に座り見つめていると、それに気付いたリン君が、不機嫌そうにわたしのことを睨んだ。でもリン君は怒った顔も、とってもセクシーなんだ。こう、なんというのか、疼くものがあるんだ。でも、でもでも、どうしてセックスのときは殴るのに、こういうときは何もしないんだろう。ゲームで手が離せないのかな。殴られたいわけではないけど、なんだか放っておかれている感じがして、うまく言えないけど、満たされない気持ちになって、むずむずする。

 ああ灰が落ちる。ゴゴゴッと、ガラスの灰皿をたばこの下に動かす。少しだけ顔がこちらを向いたと思ったら目の端から、また睨まれた。画面に視線を戻しながら、舌打ちをする。リン君は音には、わりと敏感だ。うるさかったかな。ごめんなさい…。口に出すと、それすらリン君をイラつかせてしまうように感じた。口に出すと言えば昨日はセックスのとき、わたしがベッドのシーツに、こぼさずに精液を口の中でキャッチできて、んっ、と飲み込むと優しく頭をクシ、クシと、撫でてくれた。リン君は仰向けのまま、たばこ火をつける。ライターからぴょんと飛び出る、小さな火が上向きで、すこし火がつけ辛そうだった。セックスが終わったあとは、腕まくらをしてくれるリン君の胸の中に、わたしは倒れ込んで、キスがして欲しくて、見つめていると、目があったのに無視された。仕方ないから、ぷはー、とけむりを吐くリン君を、顎の下から見つめた。リン君は下からのアングルも、ううん、かっこいいなあ。わたしはすこしだけ、ヤリ足りなかったから、こっそりまんこの割れ目を指でなぞってみると、やっぱり濡れてる。濡れた指を見たときに、首だけ起こしてわたしを見るリン君と、目が合う。目が深い穴みたいに真っ黒だ。ボン、と枕に頭を落としてまたスマホを見始めた。リン君は基本的に勝手を許さないんだ。仕方ないじゃない。リン君はわたしに、いっつもこうしろああしろって色んなことやらせるだけで、基本的に寝転がってるだけ。もう慣れてるからいいけどね。

 「リン君、ええと、オナニー、したい。」

 わたしはとりあえず、小さい声で言ってみるけどだめだ、完全に無視だ。ああもう、股を少しきつめに閉じていないと、愛液がシーツに垂れてしまう。でも、もうすこし我慢すれば、そのうちリン君は眠る。そのときにトイレに行くふりをして、オナニーをする。リン君は、眠るとなかなか起きないということに気付いて、いつの間にか、こんな小技まで覚えた。もしかしたら気付いていて、ほっといてるのかな、今度すこし声をだして、してみようかな。やっぱり怒られる気がする。ああでも、やってみたいかも…。重みのある灰皿がつくった痛みが、ふとよぎり、わたしの判断力を鈍らせた。リン君はわたしの頭をよく灰皿で殴る。3日前くらい前に灰皿で殴られた時に、小さくプク、とたんこぶができた。殴られた理由は覚えていない。きっととても些細なことだったんだ。優しく撫でると、赤ちゃんのような弱さがあり、優しい気持ちになって、ちょっとにやけてしまう。

 「なに、にやけてんだよ」

 「あっ、ごめんね」

 勝手ににやけてしまっていたようだ。それすらもなんだか可笑しくてにやけてしまう。

 「気持ちわり…」

 リン君、もっと笑ったら良いのになあ。顔もカッコいいし、意外と優しいところもあるんだから。ああ、でもでも、他の子にリン君の良いところを見られるのはすこし、やだな…。

 「おい」

 リン君がゴトン、とスマホを机に置き立ち上がった。フローリングを素足で歩く、ペタペタという音がかわいい。

 「どうしたの?」ほんとはわかってるんだけどね。

 「早くこいよ」

 「うん」

 リン君は一気にボクサーパンツまで脱ぎながらベッドに寝転んだ。

 「舐めろよ」

 わたしは服を脱ぐ間も与えられず、リン君のチンコを咥えさせられる。口の中で大きくなっていくそれが、ちょっとだけかわいい。リン君の足の力が抜けていく。気持ちいいんだとわかると、わたしも嬉しくなる。リン君は音をたてない舐め方が好きだ。わたしの唇がチンコを滑るたびに、隙間から、薄白い液体が溢れる。わたしの唾液、とリン君の愛液が混ざり合って、まだ名前のない液体になって、それは白濁としていて、とても美しい、とても綺麗だと思う。

 「もっと奥」

 わたしはチンコを咥えながら、うん、と声にならない返事をして、喉の奥の壁に、チンコをあてる。わたしは苦しくて、喉が、グルル、と鳴る。

 「離すなよ」

 涙が流れて頬が濡れる。わたしのマンコも濡れる。ああ、繋がってるなあ。リン君のチンコと、わたしの喉チンコが擦れる。もっと奥に突き刺したいのに、唇や歯が邪魔をする。もっと、もっと。

 わたしはリン君に頬を張られた。弾かれて頬が、痺れる。わたしはチンコを口の中から出して、リン君を見た。

 「ちゃんとやれよ。てめえ」

 「ごめんなさい」

 わたしはまた、チンコを咥える。何も思わない、いつもなんだ。どんなフェラチオがちゃんと、なのかはわからないけど、リン君はできていても、できていなくても、わたしを殴る。リン君がわたしの髪を両手で掴んで、激しく動かした。固くなった亀頭が喉の壁に激突して、胃が痙攣する。体は拒否反応を示している。異物が侵入している、体の外に出せ、と。わたしはイライラしていた。邪魔をするな。わたしは今、不幸じゃないんだ。邪魔するならわたしは死んでやる。死にたくねえなら邪魔すんじゃねえ。

 唐突に強いピストンを、喉の奥で止めたかと思うと強く押しつけられ、リン君は果てた。リン君が勢い良くチンコを引き抜くと、精液と、ゲロが出た。こんなことになるのは初めてで、リン君もちょっと驚いたようだった。リン君のチンコの周りとシーツに、吐瀉物が、ビシャビシャ、と撒かれる。

 「きったねーなてめえ」

 言いながらリン君は頬を張る。さっきとは逆側を叩かれて、わたしの頬は今、熟れる前のりんごのように仄赤い。

 「ごめんなさい…」

 「お前新しいマットレスとシーツ買ってきとけよ。…最悪だよ」ベッドから降りながら言った。

 いつもだったらここから、ひたすら騎乗位で奉仕させられるんだけど、今日はわたしがシーツを汚してしまったから、終わってしまった。リン君に可哀想なことをしたと思い、涙が乾いた頬に、さらに新しい涙が滲んだ。だめだなあ、わたしって。

 浴室でリン君がシャワーを浴びる音を聞きながら、わたしはゲロで汚してしまったシーツをマットレスから外しにかかった。

 よくわからないけど、なにかがこみあげてきて、涙が流れた。なにがこみあげてきたの?なにが涙を流させたの?なにが、今、わたしをこんな気持ちにさせるの?今、この気持ちが、『辛い』の感情だということはわかる。なら、なにが辛いの?

 わたしはハッとして、シーツもそのままに、一度ベッドから飛び降りた。

 リン君の顔を思い浮かべてみる。

 リン君の声を思い浮かべてみる。

 リン君の体を思い浮かべてみる。

 わたしはまた、なにかが胸の底からこみあげてくるのを感じた。

 「リン君」

 ポロ、と口から溢れて、フローリングの上でバラバラに飛び散ったプラスチックの破片。軽くて、曲げようとすると割れる、プラスチック。

 「リン君」

 わたしは服を脱いで、裸になって、リン君に会いたい。会いたい。会いたい。リン君の待つ浴室へ、歩き出した。

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