九 秘薬 陆
「はあ、嫌だ……帰りたい」
ずん、と沈むような声で
「うう、降りたい」
その小動物は、
「今降りたら死ぬぞ」
「わかってるよ‼︎」
恨みを滲ませた声色と共に威嚇のように毛を逆立て、勢い良く小さな
――鼠……
しつこいようだが、
それが気に食わない――と言うよりは、単に八つ当たりする相手が蚩尤しかいないからか、騶潤が
「着いてくると言ったのはお前だろう」
「だってよ……普通、歩きか馬だと思うじゃねぇか……それが……」
そう言って、恐る恐る顔を上げた。つぶらな瞳が見やるのは、過ぎ去り行く常緑に混じる赤と黄色が混ざり合う山々の景色。しかもその山は小動物の目線では眼下を拝むのは難しい、遥か下方である。そう、今は遥か上空。龍の背の上にて、緑省へと向けて移動の途中。騶潤は一番安定する龍――雷堂の頭の毛に体を丸めて縮こまっている状態なのである。
「龍の方が速い」
「だろうな」
龍は馬よりも速く空を駆ける。馬で十日はかかる道のりも、龍であれば二、三日程度。何せ、山間部を文字通り飛んで越えてしまうのだ。しかし、平民に龍に乗れる機会があるのかと言えば、まあ殆ど無いと言って良い。龍人族は気位が高い者が多い。貴族に属する者が多く、平民として暮らす龍人族が極端に少ないというのもあるが、そう易々と背に人を乗せるものでは無いのだと教わるのだとか。
雷堂も、例に漏れず龍としての矜持を持って生きろと言われているが、矢張り個人差がある。どちらかと言えば、雷堂は誰を乗せようとも気にしない性質というだけだ。まあ、性格と懐の広さの問題だろう。だからこそ、今、騶潤は龍の背にいるわけだが、雷堂が貴族となんとなしに知っているからこそ、心臓と肝は縮み上がって、とても遊覧気分で空の旅を楽しむ余裕など皆無の様子だった。
「騶潤、そんなに怖いなら私が抱っこしてあげようか」
そんな、小動物姿で怯える姿に容赦ない少女の声が、更に上空より落とされた。蚩尤が僅かに目線を上げれば、雷堂の頭よりも少し上を飛ぶ
「やめろ、惨めな気分になる」
騶潤は丸まりながらも答える。ユマはケラケラと笑って、更に高く空を舞った。広大な空に解放されたように舞う姿は、普段引きこもりとは思えない。そんな姿を目にしながら、蚩尤は気晴らしになればと騶潤へと話しかけた。
「あなたも獣人族だったのだな」
「まあな。まあ、こんな
そう言って、騶潤は小さな鼻をふんと鳴らす。不安定な龍の上でもなければ、その姿を晒す気も無かったのだろう。獣人族というのは、獣の感覚を人の姿でも持っているのだとか。しかし、獣の姿と同等というわけでもないらしく、本領を発揮できるのは矢張り獣の姿なのだと言う。
「山を降りる獣人族なんて偶にいるだろ。特に、俺みたいな半端者は」
そう言って、僅かに頭もたげて空を舞うユマを視界に入れたかと思えば、身体を丸めなおして「寝る」と呟いたまま起き上がる事は無かった。
そうして一行は空の旅を経由した後、
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