八 秘薬 伍

 兄弟から詳しい話を聞き出し、再度決して外には漏らさないと言う約束を交わした。最後に弟は「妹が助かると良いな」と言い残して、二人は気分が変わったもか家に帰って行った。

 もう、開いている店もまばらになり、大通りの人も減っていく。その道中、蚩尤と騶潤はしばらく肩を並べたまま歩いていた肩を並べたまま歩いていた。先程まで、悲しみに暮れていた蚩尤の表情は無に戻り、今度は思案したかのように目線を落として歩いている。何を考えているのかまでは知れないが、騶潤は何気なく尋ねてみた。


「それで、次は」


 もう先行きは決まっているも同然。それでも、騶潤は会話を始める一端として口にした。

 

「判っていて尋ねるのか」


 丁兄弟――弟は、緑省都でその薬を手に入れたと言った。


「ああ、行くのかどうかが気になってな」

「明日は無理だが、明後日かその次かにはもう立つつもりだ」

「随分と急ぐな」

「同じ場所で、同じように薬をばら撒いているとは限らないからこそ、早々に情報を集めたい。何より、あの弟が言っていた言葉が気になる」

「ああ、あれな」


 蚩尤は弟に一つ尋ねたことがあった。どうやって、薬の情報を手に入れたのか、と。


『実を言うと、誰に聞いたかは忘れてしまったんだ。顔も朧げでよく覚えていない。ただ、緑省都に行けば秘薬が手に入ると言う言葉だけは覚えていて……兄はもう話も出来ないところまで来ていた。藁にもすがる思いで、緑省へと向かったんだ』


 弟の表情は、本当に覚えていないのか、頭をかいて目線を落とす。すっきりとしない記憶にきまりが悪い様子だった。

 

「情報の出所が不明ではな」


 蚩尤は渋い顔をしながら俯く。癖のように口元に手を当てて、ふらりふらりと歩く姿は少々危うげ。しかし、誰にもぶつかることはなく、真っ直ぐに歩いていた。


「まあ、今のところ緑省あっちにしか手がかりはない訳だしな」

「ああ、早々に突き止めねば」


 蚩尤は決意しながらも、何かに焦るようだった。それが、騶潤には不可思議だった。役人気質以上の真面目さ。正義心なのか、やたらと解決の糸口を見出そうとしている。不可解な事象でこそあるが、蚩尤には関係の無い話のはずだ。役人だからと言って、仕事以上のことに無理に関わらなくても良いだろう。騶潤には蚩尤が何を目的として行動しているかが、この件以上に不可解だった。


 ――役人……文官なのは間違いない。俺みたいなのを頼るから下っ端かと思っていたが……手柄を立てるにしたって、こんな面倒な件を選ぶ必要はない。趣味にしては、緑省へ向かうことを簡単に決めすぎている。最初から命令で動いていると考えるべきか……それだと俺まで厄介なことに首突っ込んでいることになるが……


 騶潤は悶々とした心地で逡巡するが、次の瞬間にはあっけらかんな顔で口を開いていた。


「なあ、俺も一緒に行くってのはありか?」


 考え込んでいた蚩尤の頭が上がる。相変わらず無表情でこそあったが、予想だにしていなかったのか、少しばかり固まっていた。

 

「……確かに、それは助かる。俺一人では情報を集めるのには苦労するだろうしな」

「何だよ、あっちの兄ちゃんは頼らないのか」

「この件を龍人族が探っていることが知れると、勘繰られる可能性がある」

「……ああ、なるほど」


 騶潤はあっさりと納得した。不死や龍人族は、病にならない。その、病にならない存在が何の為に病を治す薬を探すのか。そんな余計な詮索を生むような真似は、新たな厄介ごとを生みかねない。


「てことは、どうする」

「そちらに問題がなければ頼む」

「路銀を出してくれると助かるが」

「良いだろう。しかし、ユマは」

「連れてくよ。役に立つしな」

「彼女の方が、からか」

「ああ、あんたを見つけただろ?」


 突飛な騶潤の返しに、蚩尤はふつと笑って、「あれは予測していなかった」と呟く。蚩尤は、騶潤を順風耳じゅんぷうじのようだと言った。そして、千里眼せんりがんと対の存在だと。騶潤は、その千里眼という存在が、ユマに思えてならなかった。騶潤の能力は特殊でも何でもないものだ。鬼神などと言った、恐ろしいものでもない。けれども、ユマに関しては、遠く及ばずとも近いものがあると考えていた。


「あいつは遠くにあるものを見つけるのが得意でね。限度はあるが」

「……確かに役に立ちそうだ」


 話がまとまり、もう道も別れるところまで来ていた。蚩尤は軽く足を止め、騶潤を見やる。


「二日後に立つ。用意をしておいてくれ」

「了解」


 騶潤は軽口に答えて、もう蚩尤が先へ向かうために背を向けようとした時だった。最後に気になっていたことを尋ねてみたくもなったのだ。


「なあ、あんたって妹いるのか?」

「いや、兄弟はいない。因みに言うと両親も存命だ」


 ケロリと、一切の機微も見せずに応える姿。悲しみなど微塵も消えた男の姿に、騶潤は笑うしかなかった。

 

「あんた、大した演技力だよ」

「それは何よりだ。上手くいっただろう」

「はは、ちげえねぇ」


 まるで、本当に伏せる妹の為に尽力する兄そのものだったと騶潤は笑う。


「あの弟は兄の為に動いた。それだけ、兄に対して想いがあったと言うことだ。人の心を汲み取るのは存外容易い」

「ま、あの兄弟は判りやすかったな」


 一頻り笑った騶潤を尻目に、蚩尤は「では」と別れを告げる。今度こそ、あっさりと帰っていく後ろ姿は、姿勢良く、貴族らしいと言えた。その姿を少しばかり見送って、騶潤もまた帰路へと着いた。

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