第二章 番外編

封じられし……

 ◆◇◆◇◆

 

 ※またまた筆者柊です。今回の第二章蠢動含霊しゅんどうがんれいにおいて、妖魔の説明が足りないかもしれないと感じ、ちょいと補足です。勿論、読まなくてもストーリー上は問題は無いと思いますので、読み飛ばしで次の三省に入っても大丈夫です。


 ◆◇◆◇◆


 時は、焔歴千二百十二年――まだ、陽皇国ようこうこくえんを名乗っていた時代。

 が封じられた。


 その時代、業魔ごうまなる厄災によって、国中が混乱の渦中にあった。神々の影響を受け過ぎた人が、業魔ごうま――異形へと変じる事象が各地で確認されたのだ。その身は黒く大きく変質し、人を襲い、喰らう悍ましい異形へと成り果てる。一度、業魔に変じてしまうと、二度と戻る事叶わず。

 更には、『』の影響か、太古の世に神々によって五つに分けて封じられていた『宵闇よいやみの異形』までもが目覚めてしまった。そのうちの四つが東西南北にある山々から新たな異形――『四凶しきょう』として出現し、国は混沌の渦へ呑まれていったのだった。

 

 今では、『陰影いんえい氾濫はんらん』と記録されたその過去。『』の名は、記録の何処にも記されてはいない。四凶と共に元凶なるものが封じられたとだけ記され、平定となった世でわざわざ酷い過去を口にする者はなかった。



 そして、現在。過去の厄災は終わり、安寧を取り戻した――かに見えたが、残念ながら問題も残った。『』の影響力は大きく、わずかに残ったわざわいに今も手を焼いているのが現状だ。それが、妖魔である。それまで、自治区域に任されていた妖魔討伐が完全に国にの名の下で管理されるようになったのも、その頃からだ。それまで、妖魔は所詮獣とされ、業魔ほど重要視されていなかった。というのも、妖魔はそう易々と山からは出てこれないからだ。

 妖魔の対処はそう難しくはない。数が増え過ぎれば、山を下り人を襲うとされるが、そうでなければ、かげから出て来る事も無い。人の気配に敏感だが、人の手が入った場所や獣人族の村のような加護の強い場所には湧かない。なので、一番活性化する時季に強制的に陰を人の存在で促し、数を減らしておく。そうすることによって、妖魔による被害をある程度未然に防げるとされたいた。


 そう、思われていた。


 ある時から獣人族の村が襲撃される事件が発生した。これに、当時の皇帝が調査を命じたことにより、大型の妖魔が確認される事態となったのだ。


 獣人族という存在は、その身に白神よりもう一つの魂を授かった存在と言われている。龍人族が血で龍へと転じる存在であるのならば、獣人族はもう一つの魂を身に纏うのだと言われている。それ程の存在が、妖魔にあっけなくやられ、村一つが壊滅に追いやられる。とても見過ごせる事態ではないことは一目瞭然だった。

 人里から随分と離れた山々の奥地。人が寄り付かぬようなそこで、根源となる地は力を溜めて獰猛なる夜闇の獣を生み出す。妖魔など所詮獣。しかしこれは、異形同等。最早、わざわいである。


 陽皇国の時代となった今では、わざわいとして指定された根源地が国の名の下で記録されている。対処自体は省ごとに任されるが、それだけ重要視された土地という事だ。今回、蚩尤が師父の案内の下に訪れた根源地もまたそれに該当する。

 根源地は一時的に枯れるが、また力を溜めて新たな命を生み出し続ける。異形なる存在が人へと害を及ぼさぬように、禍への対処は続くだろう。



 ◇



「昨日はご苦労だった。お前も雷堂も共に何事も無いようで何よりだ」


 蚩尤の目の前には、父――丹諸侯の姿があった。若さを保ち、優男の顔立ちは蚩尤と似てはいるが、蚩尤ほどの鋭さはなく温和な人物を思わせる。だがまあそれは、今執務室には蚩尤と丹諸侯以外に誰もいないと言うのもあるだろう。単に、父と子として接しているからと言うだけであって、丹諸侯の執務時の毅然とした態度は近寄り難い人相と言われている。そんな父と対面に座るこの状況は、昨日の根源地について話があると、丹諸侯の執務室へと呼び出された次第だからだ。

 上役でもある父の姿は疲弊からか疲れが見える。春というのは忙しい。何かと目まぐるしい季節の上に、妖魔の件で軍部の慌ただしさも重なるものだから、諸侯も対処に追われる。更に、妖魔討伐に足る人材はそちらに回されてしまう事も、ままあるので――要は人手不足と言うやつだ。


「昨晩、解伯からは滞りなく終わったと報告を受けた。来年からは、昨日と同じ地ともう幾つかをお前に任せる」

「はい」

「不明点があれば、将軍らに聞くと良い。丹にある根源地の大凡はそちらに任せきりだったからな」

が任される土地は元は誰が?」

「兄上だ。しかし、今回は火急の要件が入ってしまわれてな。代わりに私が行こうと考えていた矢先に、解伯の訪問があったのだ」


 蚩尤は父がケロリと自分が行こうと述べる姿に、少しばかり不安を覚えた。蚩尤の目の前に座る御仁の姿へとそろりと目線をやる。暫く剣も握っていないであろう細身の体躯。仕事が詰まり、疲れた優男の顔。不死は丈夫と言われている。不眠不休の飲まず食わずでも、早々死にはしない。だからと言って、精神の疲弊はあるわけで。不死とは精神の衰弱が死に直結する。例えば、子を失った母親が嘆き悲しむあまり僅か十日あまりで若い姿が老婆へと変じ、そのまま老衰……なんて話もある。多少の過労でどうこうなるような人物でないと理解はしていても、蚩尤としては無茶はしないで欲しいというのが子としての本音である。


 だから、蚩尤は自分に役目が回ってきたと聞かされて、素直に安心もした。丹諸侯は若かりし頃は、過去に現れた業魔なる存在と対峙していたのだと聞かされていた為、蚩尤が父の自体は疑う事はない。ただ、日常で筆ばかり握っている人物が、果たして大型の妖魔を相手できるものなのか――そう思うと、矢張り心配は尽きなかった。勿論、口には出さないが。


「だからと言って、文官の仕事が疎かになるのであれば、また考える」

「父上のお手を煩わせずに済んだようで何より。伯父上から役目を引き継ぐ事に関しても光栄です」

「確かにこれは国政として動く重要な仕事だが、そこまで重く考えなくて良い。兄上に関しては、時々身体を動かしたいからと率先して引き受けていただけだ。これを機に大人しくして頂く予定だ」


 子供から玩具を取り上げるかのように軽く、丹諸侯はさらりと述べる。姜一族は体格に恵まれて生まれて来る者が多い。蚩尤も、その恩恵を受けた一人だ。だから、過去にはその多くが武官を務めたと記録にもある。丹諸侯、蚩尤の伯父も共に例外ではない。特に、蚩尤の伯父に関して言えば、現在でも武官と見間違われるほどの体躯である。姜家当主――丹省筆頭という立場でなければ、恐らく武官を担っていたであろう。

 そんな人物から玩具を取り上げるとなると、些か不憫である。


「伯父上に恨み節を言われはしませんか」

「甥に役目を譲ると考えるだろう。多分な」


 元より、伯父は温厚な人物である。恨み節は冗談にしても、どう反応するかは蚩尤には予測も出来なかった。

 ただ、蚩尤は役目を引き継いだとなれば、邁進するのみである。



 第二省番外編 封じられし…… 了

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