七 奇跡の噂 参

 さて何処から探そうか。

 そんな言葉をゆるりとした口調でぼやいた二人は軽装の姿で都へと繰り出した。山狩りに行く程の装備では無く、軽い旅装程度の姿だ。それ故か、雷堂の背には物々しい大刀は無く、腰に剣を下げるに留めていた。


「人探しとなると、夢見ゆめみを頼る事が出来れば楽だが」


 蚩尤は冗談混じりのつもりで、ぽつりと溢すが雷堂には通じなかったようで「気軽に頼める夢見なんて都合良くいねーよ」と、呆れ声で返された。

 

「俺もだ」


 そう言って、蚩尤は軽く頷く。

 夢見とは、言葉通り夢を見る者の事を指す。しかし、この夢とは一般的な夢と異なる。

 夢とは、人が眠る時に見る経験や記憶の事であるが――『夢見』が指す『夢』とは、夢と黄泉よみの狭間にある常夜とこよだ。常夜、夢の通い路かよいじ、黄泉への旅路と、呼び名は様々であり、そのどれもが正とも言える。常なる夜の世界は夢でもあり黄泉への路でもある。その全てが繋がっており、その道から自在に他者の夢を辿る事も可能なのだとか。

 更には、夢の世界を見る事が出来る者達は、常夜とこよの側からも現世が見えるのだとも。

 

 しかし、夢見とは総じて無口なのか、自ら名乗り出る者は少ない。

 蚩尤は当てが……のだが、とある問題が壁となって立ちはだかる為、雷堂へと返した同意が答えそのものだった。

 そうすると、やはり会話は何処から探るかに戻っていた。


「白龍を連れているんだろ? 先回りしないと鷹と鶏(※鬼ごっこ)をする羽目になる」

「言い得て妙だな。追い手、守り手のどちらも龍だが(※鷹、雌鶏、雛の三役があり、鷹は狩る側、雌鶏は守り手として雛を守る)」

「そう言うのは良いんだよ。で、先回りするにしてもだ。天上聖母が丹で飛び回っている話だけじゃ動きようがない」


 現在、二人の手にある情報は少ない。そうなると、未だ目的地は定まっていないも同然の状態。しかし、蚩尤は何気ない口調で「まずは、夢見でも探すか」と、ケロリと言ってのけた。



 ◆◇◆◇◆


 

 夢見を語り商売をする者も少なからずいるが、大半が詐欺師である。占い師のように軽く助言をする者、奇術を見せて人を騙す者、大層な準備をして相手から金をせしめる者……とまあ、易々とは信用ができない。だが、どんな世の中も救いを求める者はいるわけで、そんな偽物の言葉でも鵜呑みにしてしまう者が後を絶たないのが現状である。信心深く、夢見なる存在が明示されているが故の副作用とも言えるだろうか。


 そんな詐欺師達までが集う路地が、丹省都にも存在する。ほんの大通りから裏路地へと入り込んだ薄暗い一路は、お世辞にも衛生的とは言い難い。

 布を広げただけの怪しげな露天が並ぶが、多くが表では売れないような薬や酒、香だ。そういったものは取り締まりの対象でもあるが、露天の殆どが軍が駆けつけるよりも早く逃げてしまうのだとか。


 今も、妙な匂いに包まれたそこでは、当然のように香が焚かれて薄暗い路地と相待って視界は靄がかかったように不明瞭である。その通りから更に奥まった場所へと続く道では、香を強く吸い込んだが故に力無く座り込む者や横たえる者がちらりほらりとあり、底気味悪い雰囲気が漂っていた。


 いくら旅装とはいえ、蚩尤と雷堂の姿は目立った。市井に合わせて麻素材を着ているとは言え、色濃く染まった着物は値がはる。その上で、汚れもとんと目立たない。そのような人物がゆったりと歩く姿に、視線は集まった。敵意にも似た眼差しもあれば、蚩尤と雷堂を獲物として映す眼差しもあったり。そんな状況下において、蚩尤は冷静に店々を軽く覗きながら足を進めた。

 しかしと言うべきか。人探しをするような場所とは言い難いのか、雷堂は不信の眼差しを露天へと向けては蚩尤へと愚痴のように「こんな所にいるもんなのか?」と溢した。

 

から聞いた話では、此処らに紛れていると言う噂があるらしい」


 蚩尤も人伝に聞いた話とあって、断定とは言い難いのか運良く見つけたら暁光程度の物言いだ。

 そんな二人の他愛のないやり取りすら、一路のいく先々ではじとりとした視線が送られる。

 大抵が、蚩尤が目線を向けると背後暗い顔して逸らしてしまうか商売敵のように睨み返す。そういった者には蚩尤は興味を示さずに、更に路地裏を進んでいった。

 そんな中、とある店の前で、一人の男が蚩尤の視線をものともせずに気兼ねのない声を上げた。


「なあ、あんた。探し物か?」


 中年期程度の無精髭を生やした男は、にへらと笑う。露天に肩を並べ、背後の壁に背をつき悠々と座って客を待っていたようだった。が、目の前には何一つとして商品らしきものは並んでいない。


「何を売っている」

「ちょっとした話だよ。まあ、限度はあるが。何が欲しい」

「出来れば此処では話をしたくは無いな」

「じゃあ、そこの酒房で良いか」


 そう言って、男は蚩尤の背後を指差す。蚩尤と雷堂が指が指し示す方へと振り返ると、そこには露天の並ぶ一路から外れた道。どんよりと薄暗いそこには奥まってはいるが確かに店があった。

 まあ、露天の状況が衛生的で無い為、その店の様子も言わずもがな、である。蚩尤はどんよりと顔を暗くして、あからさまな嫌悪が飛び出しそうになったが、男は蚩尤を茶化したようにして笑った。


「ははは、いやすまねぇ。どんな反応をするか見たかっただけだ。話をする場はあるよ」


 男は長時間座っていたその場と一体にでもなってしまったように重たい腰を膝に手をついて持ち上げる。腰を後ろでに拳で叩いて、「ああ、腰が痛い」と呟きながらふらふらとした足取りで、先ほど指さした方角とは反対の道へと歩き出した。


 家と家の感覚が狭く、薄暗い路地。こういった場所に誘い込めば、相手が帯剣していたとしても勝ち目はあるだろう。屋根の上から飛び掛かられたら、たまったものではない筈だ。そんな物騒な手口を思い浮かべながら、蚩尤は男の背を追った。

 だが前ばかりに気がいっていると、背後から潜めた雷堂の声が耳へと入る。


「信用するのか?」


 別段、訝しんでいる様子はない。ただ、男が目的の夢見である判断は出来ない様子で男の行動を逐一注視しているようだった。

 

「夢見と対面した事は子供の頃何度かあるが、見た目で判断出来るのは、現在。ならば、物は試しだ。勘が働いた時に動いてみるのも手だろう」

「はは、勘かよ」


 あまりにも蚩尤が真面目に答えたからか、雷堂はケラケラと笑った。

 だが、無理もない。男を無条件に信用する事ができるかと言われたら、矢張り無理だ。それでも蚩尤に迷いがなかったのは、男が騙すつもりだったとしても、蚩尤は勝てると算段があったからだろう。何かしらの悪意があったとしても出し抜ける。背後に雷堂が控えているというのもあるだろう。それに、剣が抜けずとも、戦う手段はいくらでもあるのだ。


 されど、蚩尤はそんな腹積りが理由だけではなく、ただだと思った、と言う説明し難いものだった。

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