二 師父
妖魔は山に棲む。山の根源地と呼ばれる場所から生まれ、山を彷徨う生き物である。しかし、不思議と動物は襲わない。虫も、鳥も、山々の木々も無闇矢鱈に破壊したりはしない。しかし、妖魔は数が増えすぎると、山を降りて人を襲うのだ。
まるで、人を喰らう為だけに生まれたと言わんばかりに、赤い目をギョロリと向けて、そこで漸く残忍な姿が芽生える。特に、春というのは命が芽吹く。どの省も妖魔を屠る為、軍を投入するのだ。
妖魔狩りは長くて
その終わりは上官の判断次第であるが、
妖魔狩りは一度に多くの軍事力を投入する。これは、あくまでも民衆へと妖魔の恐ろしさを知らしめるものでもあるが、それ以上に兵士達に妖魔が如何なる存在かを知らしめる為でもあった。
では、蚩尤と雷堂は何故参加しているのかと言えば――単純に、妖魔の大きさによっては実力者が必要という事なのだ。蚩尤に関して言えば、姜家本家が誰一人、軍に所属していない状況だとしても、決して春の軍務を蔑ろにしてはいないという体面も含まれているだろうか。
そうだから、蚩尤と雷堂は軍部へと力を貸しているだけであり、妖魔が最も溢れる一週間程度のみの参加と、最初から決まっていた。春は官府も忙しく、本来の仕事に戻らねばならないのだ。そうして終わりを告げた一週間の後、蚩尤は雷堂と共に尚書府にて通常業務へと戻るはずであった。
なのに、何故か。省都へと戻った蚩尤の目の前には上役である尚書令では無い人物がいた。
「師父、お久しぶりです」
「ああ、久しいな」
低い声で答える姿は、男のそれだった。
「近くに寄ったものだから、偶には
師父こと――
「尚書府に勤める事になったらしいな」
「ええ、父から聞きましたか?」
「ああ。
「父が、時間はあるから今は勉強に励めと。尚書府の他にも、色々な府に勤める予定です」
すらすらと答える蚩尤に対して、解洛浪は特に頷くでもなく、しかし興味はあったのか特に表情を変える事もなかったが、新たに用意された茶菓子へと伸ばしかけていた手を止めた。
「そなたが不死だと確信したような口振だな」
「まだ、はっきりとは決まっていませんが」
「病が無いのであれば可能性は高い。そなたの年齢を鑑みれば、凡そ間違いは無いだろう」
解洛浪は再び茶菓子へと手を伸ばし、口に喰みながら、ふむと一つ頷いた。
「今日は春の山狩だったか」
「はい。軍部に混ざって」
「あれは、人里に近いところばかりの筈だな。大した事はないだろう」
「はい。手こずってはいませんが……」
蚩尤は山狩にて、思い出すほどの事も無いのだが、些か労りの言葉もなく、楽な仕事だなと言い切る師父の言葉が冷たくも感じる。
「ならば一度、奥地へと行ってみるか。これからはそなたが任される事もあるだろう」
「奥……ですか?」
「ああ、軍部が入る場所はあくまで人里に影響がある所ばかりだ。それこそ
「……ですが、所詮相手は妖魔ですよね? 今までと同様に此処も潰せば良いのでしょうか?」
「同様、ではないな。……軍ではどうやって妖魔を潰す」
蚩尤は惑う事もなく、仕事の報告でもしているかのように冷静に答えた。
「手慣れたものであれば、一人から三人。新兵を混えていれば五人から六人で編成された部隊に分かれ、自らを囮にして山へと入り、妖魔がこちらへと近づくのを待ちます。人数を要し、時間もかかりますが、確実かつ安全に数を減らせます」
「ああ、だがそれでは時間がかかりすぎる上に、まどろこしい」
「まどろ……」
解洛浪が清々しく言い放つ言葉に、蚩尤は呆けたように小さく呟いた。
「それはあくまで一般兵士を率いた軍務としてのやり方だろうな。剣を扱う訓練にもなる上に、個々の実力の判断にもなる。民衆に、妖魔が如何に危険で、軍の存在意義を示すにも大掛かりな軍務は必要だ。だが、軍務と違い奥地ですべきは妖魔が存在するという証明ではない」
特に表情を変化させる事なく、蚩尤は返した。
「では、如何しますか」
蚩尤の問いに、解洛浪は変わらず冷めた表情で返した。
「行けばわかる」
そう言って、喉を潤すように茶を啜っていた。
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