二 身分差

 官吏登用制度が大きく変わったのは三十年程前で、歴史はそう古くはない。それまで任子にんし(※世襲や縁故で職務を引き継ぐ事)が、形骸化していたのだが、先帝の時代に科挙試験の資格が無い場合は引き継げないものとした。

 官吏において良い役職に就きたいのであれば、血筋や結びつきは必須と言えるが、反対に言えばどれだけの血筋も縁故も、科挙試験に受からねば何の意味も無いという事だ。まあ、例外もあるが――とりあえず、雷堂が職に就く為には科挙試験に受かる必要がある。


 とは言え、道は一つでは無い。雷堂の叔母の言葉通りであれば、武官の道――武科挙試験を受けるのも手なのだ。


 身体付きを鑑みても、雷堂は武官が向いていると言えるだろう。そもそも、叔母も雷堂の腕を見込んで、そう進言したに過ぎない上に、雷堂自身も武官の方が向いていると実感している。叔母の言葉を苦々しく感じているのが、何よりの証拠だった。まあ、これには叔母には逆らえないと言うだけなのだが。


「それで、受けるのか」

「受ける。今年受かるしかないだろ」

「そうか」


 意気込む雷堂に対して、蚩尤は常にあっさりとした態度だった。感情に抑揚が無い。常に冷静と言った様子で、表情どころか口調も言葉も平坦だ。だが、蚩尤がどんな反応を示そうとも、雷堂が気に留める様子は無い。寧ろ、いつも通りと言ったところか。互いに肩を並べて歩き続けていた。雷堂の口にした――とやらへと向かっているのだが、その目的の場所が近づいて、雷堂は口を閉じ、蚩尤の背後へと下がった。


 二人の前方。視界を埋め尽くすように現れたのは、省都中心にそびえる堅牢なる紅砒こうひ城。荘厳な朱色の屋根と楼閣とも言える高さのある城。その背後には、幾つもの宮が連なり、城の主人だけでなく官吏や女官、下男下女と大勢の者が忙しなく働いている。

 

 その敷地を蚩尤は当然のように歩く。城内に一歩踏み入れば、横を過ぎ去る際は誰もが立ち止まり蚩尤に揖礼ゆうれいして、まるで城主への忠誠を示すかのようだ。雷堂は先ほどまで蚩尤と対等に話をしていた姿が嘘のように表情は皆無。それすらも、当然の形とでも言うように。

 

 蚩尤と雷堂は対等のようで、そうではない。

 この国には、九つの省がある。その一つが、陽皇国ようこうこく最北端と呼ばれる地――丹省たんしょう。  

 蚩尤は丹省諸侯しょこうおうきょう静瑛せいえいのただ一人の子息と言う立場であり、雷堂は蚩尤の従者――の予定のただの友人である。しかも、雷堂の出身は南方のぼくしょうの――更に言えば、小さな地方貴族だ。身分差で言えば天地の差と思う者もいるのだろう。それを映すかにように、時折恨めしそうな瞳が雷堂を睨みつけていた。


 その大半が雷堂と同じ金の瞳を持つ者達だが、雷堂と違って髪色は赤。しゅと呼ばれる、古来から姜家に仕える一族だった。


 そう、金の瞳。これこそが、雷堂が因縁をつけられる理由として最たる所以と言えるだろうか。雷堂、朱家共に、どちらも人のようで、そうでない。彼等は龍人族と呼ばれる一族なのだ。


 龍人族とは――普段は人と変わらぬ姿をしているが、その身の内に龍の血を宿し、龍の姿を併せ持つ種族だ。

 見た目で彼等を判断するならば、まず金の瞳。その次に髪色だろう。

 金、黒、白、赤、青と、五色ごしきの龍が種族としてある。髪色は、そのまま龍の姿でも現れて、色自体が矜持であるかのように、高位貴族として位を賜った龍人族は自らの気位を誇示するように、それぞれその特徴の色を姓として名乗った。

 金は、こう。黒はげん。白は、はく。赤は、しゅ。青は、そう。それが彼ら龍人族の権威の象徴でもある。

 その名を名乗れないのは、傍系である分家か、それ以外の血筋という事だ。


 雷堂の姓は『かく』。それを名乗った時点で、朱家よりも格下の家柄と判断されてしまうのは当然の事。更に言えば、雷堂の種族を示す色は黒。それこそが、雷堂をやっかむ原因の一つ。端的に言えば、『何故、朱家を差し置いて弱小貴族の子息――しかも、黒龍が丹諸侯子息の側にいるのか』、と言いたいのだ。


『見ろ、まただ』

よう女士の功績で蚩尤様の側付きに選ばれたと、良い加減理解出来ないものなのか』

『大人しく軍部に属すれば良いものを。いつまで姜家に甘えているのか』

『次の科挙かきょ試験も受けるつもりらしいぞ。あの程度でよくやる……』


 冷ややかな目線と侮蔑や嘲笑が城の其処彼処そこかしこで囁かれている。決して真面まおもてからではなく、こそこそと。

 朱家に『姜』という血への反意はない。「古い時代に朱家は姜家に跪き、身を捧げて生きてきた」という言い伝えをそのまま体現したかのような姿が今もある。

 それが故に古き言葉が呪いとなって、血に染み付いてしまった……とも言えた。


 姜家が掲げる旗は唐紅からくれない。その横に並ぶ丹省の旗も、赤丹あかに色である。全てが赤で染まった様な城――赤を基調とした城の中で、朱家が持つ独特なあかは、丹という地に馴染んでいると言えるだろう。

 だが、朱家ばかりが姜家に仕えているのではない。時折他の色をした龍人族もいるし、人であれば髪色は殆ど黒である。


 だから、色だけで見れば雷堂はそこまで目立つ存在ではなかっただろう。ただ、丹諸侯王子息の友人という立ち位置が故に、目をつけられてしまっただけなのだ。

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